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2022 NO.33

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日本の文学を旅する

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最古の長編小説に親しむ

11世紀、宮廷につかえる女官・紫式部が描いた王朝文学の傑作にして、ロマンチックな長編。
日本の美意識が凝縮された作品として、今なお読み継がれる古典文学の魅力に触れてみよう。

17世紀の絵師・土佐光起が描いた「源氏物語図屛風 若菜上」(所蔵/フリーア美術館Freer Gallery of Art: Gift of Charles Lang Freer)

政治・文化の中心地として繁栄してきた京都が、もっとも華やいだ平安時代(794-1185)。貴族社会が確立する中で、日本独自の優雅な王朝文化が花開いた。

その最盛期である11世紀初頭、女流作家・紫式部により生まれた世界最古の長編小説が、『源氏物語』だ。物語の中心は、貴公子・光源氏の一代記。多くの女性と恋愛を繰り広げ、貴族社会での権力を手中にするも、失意の晩年を過ごすという、栄枯盛衰の生涯が描かれる。構成は54巻、登場人物は500人以上、作品世界で描かれる時間は70年。壮大なスケールで宮中生活の内実を優美に描いた物語は多くの人を魅了し、海外においては、イギリスの文学者による英訳を皮切りに、約40言語での翻訳本が刊行されている。

13世紀につくられた『源氏物語』の写本(所蔵/名古屋市蓬左文庫)

また、『源氏物語』は、時代を越えてさまざまな派生作品を生み出してきた。その代表が「源氏絵」。作品世界を再現しようと、平安時代から現代に至るまで多くの作品が制作され、今や日本美術の一角を形成している。さらに、香道や茶道、能や歌舞伎といった後年の芸能にも多大な影響を与え、今ではアニメやマンガの題材にまで描かれている。『源氏物語』は、近年の日本が得意とするメディアミックスを先取りした作品であるといっても過言ではない。

京都を中心に残っている物語ゆかりの場所を訪れたり、源氏絵をはじめとする美術作品に触れたりすることで、『源氏物語』の世界をよりイメージしやすくなるだろう。1000年前の王朝に思いを馳せながら、日本文化の真髄に触れてほしい。

アーサー・ウェイリーが英訳した『源氏物語』

19世紀に描かれた『源氏物語』の作者・紫式部(所蔵/東京国立博物館)