第5話
喫茶店を出て、中野ブロードウェイの通路を歩く。
各々の店舗に流れるBGMは長い廊下に反響し、混じり合って、さざめきのような音になる。恵那はまだ喋り続け、さざめきを少し増やした。
「うん?」
喋りながらも、恵那は物欲しそうな顔でカプセル自販機を眺めていた。
「行ってきたら」
「いいんですか!?」
可奈子もカプセル自販機ぐらいは許すだろう。知也がうなずくと、恵那はクリスマスの子供みたいな顔をして筐体めがけて駆けていった。
![Illustration](images/l_tala080215.jpg)
リュックから、「死ね」と声がした。
恵那はじつに三十分以上もがんばった。
知也もしばらくは恵那がカプセルに一喜一憂する姿を笑いながら見ていたが、だんだん背中のリュックが重くなってきた。ときおり中身がじたばたするので、鬱陶しいことこの上ない。知也はおんぶお化けを静めようとしたが、突然、背中から変な作り声が響いた。
「あー、足いてー、だりー」
血の気が引いた。
恵那は声を知也のものと勘違いし、周回遅れでわれに返った。慌てて立ち上がり、こっちが心配になるくらいあたふたした顔で、
「ごめんなさい! すっかり夢中になっちゃって!」
「ううん、ぜんぜん大丈夫。ホントに。楽しかったし」
心臓がエイトビートを刻んでいる。動くリュックにヘッドロックを決め、恵那の後に続いて店を出た。
恵那は恐縮しているのか、さっきまでの饒舌はなりを潜めている。知也も無口なので、自然と気まずい空気が生まれてしまう。そのまま、一階直通のエスカレーターに乗りこんだ。
エスカレーターが中ほどに差しかかったところで、恵那が鞄をごそごそやり始めた。取り出したものを知也の手に握らせる。
「ダブったからあげます。いらなかったら捨てちゃってもいいですよ」
カプセルフィギュアだった。本人は仲直りのつもりなのだろう。悪い気はしないが、少し困る。
「あ、うん、ありがとう」
知也に断る度胸などなかった。
Copyright (C) Shokichi/Web Japan, English translation (C) John Brennan
2008.
Edited by Japan Echo Inc.
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