2019 NO.25

日本の漆工芸

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受け継がれる日本のこころ
漆で直す人びと

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文化財修復は、次世代への文化と技術のバトン

松本 達弥 (まつもと たつや)
漆芸家
日本工芸会正会員。漆芸文化財修復に従事。文化財レスキューにも取り組んでいる。

文化財修復は日用品修復とは異なる。大きく異なる点は、「直しすぎない」「触りすぎない」ということだ。

「日用品修復は傷み具合に応じて塗り直しなどを行いますが、文化財修復は現状維持に徹し、傷みそのものも残すのです。」と文化財修復に従事して25年になる漆芸家の松本達弥氏は語る。傷みは時代の経過を表す証でもあるからだ。漆の劣化の度合い等をみて、「今」必要と考えられる修復だけを行い、そうでない場合は、次世代の修復者に託す。

震災などの自然災害により激しく損傷した場合には、化学分析チームも加わって、より詳細なデータを元に修復にあたる。この際に一番に求められるのは、分野の異なる人たちと意思疎通ができること。

「修復には技術や知識はもちろん必要ですが、損傷部分からさまざまな情報を読み取り、それを記録し後世に伝えること、そして適切な修復を行うかの判断が重要です。」

作品がうまれた背景や文様が描かれた文脈を解明し、想像しながら、その時に最良な修復技術の選択を行う。そのため、優れた人材の育成には数十年の期間が必要となる。修復は現場での経験を積んで技術を習得することが多い。「漆を扱うには練度が求められるので、教育機関を整備したうえで人材の育成が急務です。文化をつないでいかなくては。」と、松本氏は熱く語る。現在、文化財修復は個々の施設や工房などで行われているため、年間で修復できる数は限られている。貴重な漆の文化を守るために、一つでも数を増やしたいという思いだ。

漆工芸品には過去の文化と技術が詰まっている。それを過去から現代、未来へとつないでいくために、今日も松本氏は文化財修復を行っている。

左/工房で修復中の高台寺蒔絵と漆塗膜の剥がれを直している様子。剥がれた部分にヘラで漆下地を付け、凹凸を平らにしている。
右/損傷の状態を細かく観察すると、素地構造がみえてくるという。文化財修復は、通常、漆で覆われている先人たちの高度な技術を見ることのできる、またとない機会といえる。

撮影:金井 元