第10話
可奈子の右手を握りしめ、知也とリュックを睨みつけている。
「前に話しただろ? それ、可奈子の腕なんだ。どうしても必要なんだ」
異変に気づいたのか、背後で可奈子が動いた。リュックから顔を出し、うつろな声で「うで」とつぶやく。焦りが加速する。どうすれば恵那は右手を渡してくれるのか。早く、早くしないと。
![Illustration](images/l_tald080222.jpg)
「お願いだ。あとで事情は話すから――」
「私と人形、どっちが大事なんですか」
恵那の震える息は白い霧に変わり、風に消えていく。
なにか言わなければ。そう思えば思うほど、知也の言葉も遠くへ消えていく。とりあえず「君だよ」と言って場を取り繕う余裕もない。
「ごめんなさい。責める気はなかったつもり」
恵那は、言った自分のほうが傷ついたような顔をしていた。顔は人形のように白く、寒いのか、両腕を回し自分を抱きしめる。
そして、恵那は力任せに、可奈子の右腕をビル壁に叩きつけた。
ただの一撃で、パーツが砕けた。
ずいぶん遅れて、破砕音を聞いた気がする。砕けたパーツは雪片のようにアスファルトに散らばる。知也は棒杭みたいにつっ立っていた。目はたしかにその光景を見たが、脳が事実を拒否した。ひどい吐き気だけがのど元にせりあがってくる。
「さよなら」
それ以上、恵那は知也の顔を見ようとしなかった。きびすを返し、知也の視界から消えていく。
どれぐらいの間、破片を見つめていただろうか。
地面に転がったパーツは、それまでの形が間違いだったかのように細かく崩れ、風に運ばれていった。
Copyright (C) Shokichi/Web Japan, English translation (C) John Brennan
2008.
Edited by Japan Echo Inc.
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