2013 No.10

これが、ジャパン・クオリティ

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最新医療で病に挑む

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世界を救う日本の最先端医療

日本の研究者たちは、日々新しい治療法を研究している。
特に、難病治療とがん治療は、信頼できる治療法の確立が急務だ。
今、世界から注目を集めるiPS細胞技術と重粒子線がん治療を紹介する。



山中伸弥教授

iPS細胞をつくり出しノーベル賞に輝いた山中伸弥教授(京都大学iPS細胞研究所提供)

難病を克服する「万能の細胞」iPS細胞技術

ヒトiPS細胞の集合体

線維芽細胞からつくられたヒトiPS細胞の集合体。集合体の横幅は約0.5㎜
(京都大学 山中伸弥教授提供)

2012年、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授にノーベル生理学・医学賞が贈られた。2006年にマウスの皮膚の細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)をつくることに成功した功績に対するものだ。

人間の体は、受精卵が細胞分裂して、役割が分かれた細胞(体細胞)ができてくる。成熟した体細胞は他の役割を持った細胞に変化することはできないが、山中教授は体細胞に4つの遺伝子を組み込むことで、受精卵のように、まだ役割が分かれていない状態にできることを発見した。こうしてつくられたのが、iPS細胞である。

iPS細胞は新しい医療につながる大きな可能性を秘めている。その中心となっているのは、再生医療と創薬の二つだ。

再生医療の分野では、iPS細胞からいろいろな臓器の細胞をつくり患者の体に移植することで、失われた機能が再生できると期待されている。日本では、世界で初めてiPS細胞を利用した加齢黄斑変性(年をとるにつれ、目の網膜の中心部が変性する病気)の臨床研究の実施に向けて、準備が進められている。

運動神経
運動神経

健康な人の運動神経(左)とALS患者の運動神経(右)を比べると、ALS患者のものがとても短い。
図中のバーは10㎛(京都大学iPS細胞研究所 井上研究室提供)

いっぽう創薬の分野では、難病の治療薬開発に期待がかかる。たとえば、筋肉が急速に衰え、最終的に呼吸もできなくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気がある。「ALSでは、筋肉を支配している運動神経が変化し、死滅してしまうために筋肉が衰えることがわかってきたものの、なぜ運動神経が変化するのかがわからず、治療法も確立できていません」とiPS細胞研究所副所長の中畑龍俊教授は語る。だが、iPS細胞の研究によってその原因やメカニズムにせまることができるかもしれないのだ。患者の細胞からiPS細胞ができれば、患者と同じ遺伝子を持った運動神経をつくることができる。その過程で、なぜ運動神経が異常になるのかを観察すれば、原因を突き止められ、治療薬の開発につながるかもしれない。「これまで原因すらわからなかった難病の治療法が、iPS細胞の技術を使って生み出されるのはとても画期的なことです。iPS細胞の基礎研究で先行している日本が、実際にみなさんの役に立つ応用研究もしっかりと進めていき、世界に発信していきたいと考えています」(中畑教授)

iPS細胞

皮膚などの体細胞にいくつかの遺伝子を導入することで、様々な細胞に変化することのできるiPS細胞がつくられる

治療困難ながんに立ち向かう重粒子線がん治療

世界初の医療専用重粒子線加速器HIMAC

世界初の医療専用重粒子線加速器HIMACはサッカーグラウンドほどの大きさだ。大きな加速器で炭素イオンのビームがつくられる

世界一の長寿国日本においても、がんは死因のトップを占める。がんで亡くなる人の数は世界でも増加しており、日々新しい治療法が開発されているが、その中で注目を集めているのが、重粒子線がん治療だ。

重粒子線治療は、放射線治療の一種で、炭素イオンの高速ビームをがん細胞に当てる治療法である。狭い範囲に強いビームを当てることができるので、短い期間で効果的に治療することができ、副作用も小さい。1994年に重粒子線の臨床試験を開始した放射線医学総合研究所では、これまで7000人以上の患者を治療している。重粒子線治療は、他の治療法では治すことが難しい、骨や筋肉のがんにも効果が大きい。現在、フランス、中国、韓国、マレーシア、ロシア、サウジアラビアなどさまざまな国で導入が検討され、将来のがん治療の中心的存在として期待されている。