2017 No.22

東京400年の物語

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伝統の技を現代に

工芸の分野でも江戸の文化は色褪せることなく、現代に受け継がれている。
先人の技と心意気を守りつつ、新たな感性で伝統と向き合う現代の職人を訪ねた。

写真● 伊藤千晴

江戸切子 Edo Kiriko

1976年、東京生まれ。国外での作品発表にも積極的に取り組んでいる。「江戸切子の魅力を多くの人に知ってもらいたいです」と堀口徹さん

白を基調とした工房に作業台が整然と並ぶ。堀口徹さんは台に座ると、円盤式の砥石にコップを押し当てた。回転する砥石にふれたとたん、表面の緑色がみるみる削り取られ、内側からガラスの透明な輝きが現れる。

カットガラスの一種である江戸切子は、東京に伝わる伝統工芸だ。鮮やかな色彩と華やかな模様で知られる。そのなかにあって、堀口さんの作品は異色だ。余分な装飾をそぎ落とした造形は一見シンプルだが、繊細で緻密。複雑な模様を下描きなしで刻む技巧は、まさに職人技だ。

洗練された作風は、業界外からの評価も高い。ホテルのインテリアや、アクセサリーなど、異業種とのプロジェクトも多く手がけている。従来のイメージを超える作品で江戸切子の世界に新風を吹き込んできた堀口さん。だが、意外にもその視線は過去に寄り添っていた。

「本質を見極めたかったら歴史を学ぶべき。時間があれば昔の江戸切子について調べたいと思っています」新進気鋭の切子作家は、今日も新たな伝統をガラスに刻んでいく。

左/インテリアを切子のモチーフで統一したラウンジ。複雑な造形が生み出す光の陰影が美しい
右上/ラウンジのカウンターには、堀口さんが一枚ずつ模様を刻んだオブジェが照らされる(東急プラザ銀座キリコラウンジ)写真提供=Nacasa&Partners Inc.
右下/菊花文をあしらった器。手に持ったとき、液体を注いだとき、光にすかしたときなど、暮らしの場面に合わせて表情を変える

紋章上絵 Monshou Uwae

専用の竹製コンパス「分廻し(ぶんまわし)」を使って紋を描き入れる。波戸場承龍さんの創作現場には、昔ながらの繊細な手作業と、先端のデジタル技術が共存する

家紋とは先祖代々、その家に伝わる紋章のこと。家柄や血統を表す印であり、着物や身の回りの品につけて目印とした。その紋を手描きで着物に描き入れることを紋章上絵という。波戸場承龍さんは、祖父の代から3代続く紋章上絵師。インテリアや商品ロゴに紋の意匠を取り入れるといった新しい試みに積極的に取り組んできた。デザインにパソコンを導入したのもそのひとつ。

「紋の線は円の弧でできています。非常に数学的で、パソコンと相性がいいんですよ」

パソコン画面に無数に引かれた円と円の重なりが、新たな線を生む。先端技術を駆使しているが、同時に、波戸場さんの紋は日本の伝統的な美意識をよく表している。「伝統と新しいものを融合したとき、どんな化学変化が起こるか。それを考えるのが楽しいんです」

日本人にとって家紋は少々格式ばった特別な存在だ。それを日常の生活に溶け込んだものにしたい、と波戸場さん。伝統を受け継ぎつつ、時代に合った新しい家紋のあり方を模索する波戸場さんの挑戦は続く。

上/家紋の焼き印をほどこした枡。中段右の枡の左面は日本政府の桐紋、右面は徳川家の葵紋
左下/代表的な紋を集めた「紋帳」写真提供=波戸場承龍
右下/パソコン上に描かれた無数の円。選ばれた弧だけが残され、紋をかたちづくるラインになる