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2015 No.17
日本のミニチュア力
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華麗で繊細、
日本の伝統細密工芸
明治期の輸出の需要に応え、金や色絵で精緻な絵付をほどこした壺「色絵唐草文獅子鈕飾壺」錦光山宗兵衛作 高46.4、径23.2㎝(所蔵=東京国立博物館 Image: TNM Image Archives)
世界を魅了した日本の工芸品たち
江戸時代には、鎖国政策がとられていたにもかかわらず、細密な文様が描かれた陶磁器や漆工品などが長崎の出島を通じて欧州へ盛んに輸出されていました。やがて時代が明治(1868~1912)へと移り国が開かれると、さらに多くの工芸品が海を渡り、政府の外貨獲得に貢献します。日本が出品を始めた1867年のパリ万博から、ウィーン、フィラデルフィアと、各国で開催された万国博覧会にも続々と日本の工芸品が出品され、大好評を博しました。
西洋の日本趣向は、やがて19世紀後半から20世紀初頭にかけて流行したジャポニスムにもつながっていきます。浮世絵が印象派の画家たちに大きな影響を与えたことはよく知られていますが、工芸作品などで色の違う金属を組み合わせて象嵌したり、昆虫をモチーフに選んだりすることも、欧州の作家たちの目にはとても斬新と映ったようです。エミール・ガレ(1846~1904)やルネ・ラリック(1860~1945)などアールヌーヴォーの作家の作品に見られる虫や鳥のモチーフなどもその好例といえるのではないでしょうか。これら自然物のモチーフのルーツには、平安時代(794~1192)頃から続く、季節ごとに花鳥や虫の声などを愛でる文化の流れがありますが、厳密な写生にもとづく図案化で虫や鳥を描いた伊藤若冲(1716~1800)らの細密画は、昨今とりわけ注目を集めています。
時代が変わって武士という地位がなくなり、廃刀令によって職を失う危機にさらされた金工職人たちを救ったのも、海外からの熱いニーズでした。産業振興を掲げた明治政府は工芸品の輸出を推進し、金工は再び活況を取り戻しました。
金属を細かく組み合わせることで本物そっくりに動かせる動物や昆虫の模型「自在置物」もまた、明治になって海外に“発見”され、優品の多くが流出したもののひとつです。江戸の武具職人が始めたといわれる驚くべき仕事は、最近になってようやく国内でもその真価が見直されています。
現代日本で、小さなところに力を込める技の伝統が、産業の要である製造業に受け継がれているのは間違いないでしょう。そして、根付に似たキーホルダーや携帯電話のストラップ、あるいはフィギュアなどを見るにつけ、細かなものや精巧な模型を愛玩する心情が、今なお変わっていないのだと思えてなりません。
黒川廣子(くろかわ・ひろこ)
東京芸術大学大学美術館准教授。専門は近代日本工芸史。著書に『明治・大正図案集の研究―近代にいかされた江戸のデザイン』など
上/足や爪、口を含め全身を節々まで動かせる龍の自在置物。作者の明珍宗察は甲冑師だった「自在龍置物」長136.5㎝(所蔵=東京国立博物館 Image: TNM Image Archives)
下/金、銀、銅と異なる色の金属を組み合わせた皿。装剣金工の巧緻な技が、明治の工芸に生かされた「菊花・虫図皿」(表・裏)正阿弥勝義作5.9×27.7×25.9㎝(所蔵=林原美術館)