第5話
『イエス』張は短く答えた。『なんだ。本当に分かってるみたいだ』
『そして池には魚がいますね?』スコットの質問は続いた。『立札の近くにはお店があって、魚の餌を売っていますね?』
『そして池には魚がいますね?』スコットの質問は続いた。『立札の近くにはお店があって、魚の餌を売っていますね?』
二つの質問に答える代わりに、張は「謎のコイン」という問題の正解を告げてきた。
『要するに、立札には日本語でこう書いてあったんだ。--「鯉のエサは百円です」』
『おお、やはりそうでした』
『おお、やはりそうでした』
スコットは納得がいったようだったが、僕は一瞬意味が分からなかった。鯉の餌が百円だからって、百円玉を池に投げても始まらないと思ったのだ。
『ああ、そうか』少し考えて分かった。『その人は、餌の値段が百円なんじゃなくて、百円玉自体が餌なんだって勘違いしたわけだ』
『そういうこと』張は短く答えた。『日本語で「鯉のエサは百円です」っていったらそういう意味にもなるはずだけど?』
『まあ、確かに』
『そういうこと』張は短く答えた。『日本語で「鯉のエサは百円です」っていったらそういう意味にもなるはずだけど?』
『まあ、確かに』
確かに説明はつくが、僕は少々面白くなかった。推理というより言葉の揚げ足とりみたいなものじゃないかと思ったら、文句の一つも言ってやりたくなった。
『でもさ、いくら外国人っていっても、今どき魚を見たことない人なんていないって』
『そうですか?』反論はスコットから返ってきた。『砂漠の国ならどうでしょう。アメリカでも、海から遠くて川もないところは魚はあまり見られません。カンヅメだけね』
『缶詰の魚だったら』張も応じた。『本当にコインを餌にしてるかもしれない』
『おお、そのジョークも面白いです。あなたはwit を持っていますね』
『そうですか?』反論はスコットから返ってきた。『砂漠の国ならどうでしょう。アメリカでも、海から遠くて川もないところは魚はあまり見られません。カンヅメだけね』
『缶詰の魚だったら』張も応じた。『本当にコインを餌にしてるかもしれない』
『おお、そのジョークも面白いです。あなたはwit を持っていますね』
wit にふさわしい日本語を思いつかなかったらしい。辞書を引いたら機知とか知力とかいう訳語があった。
しかし張は、褒められても素っ気ない。
『別にウィットじゃない。日本にいた時そういう文章を見て、変なのって思ってただけ』
『それを「謎のコイン」という問題にしたのはやはりウィットと、私は思います。そういうあなたとチェスをしたくなったね』
『別にいいけど』
『それを「謎のコイン」という問題にしたのはやはりウィットと、私は思います。そういうあなたとチェスをしたくなったね』
『別にいいけど』
それでスコットと張の対戦ということになり、僕はそれを観戦しながら張に話しかけた。
『日本では、どこに住んでたの?』
『横浜』
『ああ、中華街とかあるもんね』
『横浜』
『ああ、中華街とかあるもんね』
『そこに住んでたんだけど』
『今は中国に住んでるの?』
『そう。上海』
『脚本の勉強してるってことは、大学生?』
『多分。この秋からそうなる』
『今さらだけど、男だよね?』
『そのつもりだけど』
『今は中国に住んでるの?』
『そう。上海』
『脚本の勉強してるってことは、大学生?』
『多分。この秋からそうなる』
『今さらだけど、男だよね?』
『そのつもりだけど』
対局中のせいかもしれないが、妙に無愛想な質疑応答であった。それでも僕の質問を無視する気はないようで、一ゲーム終わる頃にはだんだん彼のことが分かってきた。
上海在住の張は、秋から脚本の勉強のためにアメリカに留学する予定になっている。本名以外にエリックという英語名を持っている。親が貿易の仕事をしている関係で子供の時に日本で暮らした。それで日本語を覚えて、今でもネットで調べ物くらいはできる。この前はハリウッド映画の『トランスフォーマー』のことを調べていて原案となった日本の玩具のことを思い出し、ヤフー・ジャパンでネット検索をしていた。その時にふとゲームのサイトに気づき、チェスがあるのを見つけて入ってきて--僕らと出会ったというわけである。
『しかし、Transformersの映画の原作は』そこでスコットが口を挟んだ。『アメリカで作ったアニメです。私は見たことがあります』
『いや、その前に日本の玩具だったんだ』張も言い返した。『子供の頃、兄貴のお古で遊んだ覚えがあったから調べてみた』
『いや、その前に日本の玩具だったんだ』張も言い返した。『子供の頃、兄貴のお古で遊んだ覚えがあったから調べてみた』
なんでも、日本の玩具がアメリカに輸出され、それが人気を呼んでアニメ化までされたらしい。それが最近になって映画化されて再び話題となり、上海在住の張が興味を持ってネット検索をしたというわけだ。
『日本ではダイアクロンという名前だった。トランスフォーマーってアニメも、日本はアメリカから逆輸入したらしい』
『昇太さん、知っていますか?』
『昇太さん、知っていますか?』
しかし、ダイアクロンもアニメ版もずいぶん昔のもののようだ。僕の世代では縁がなかったし、見かけた記憶もない。素直にそう答えたのだが、途端に張が告げてきた。
『日本人ほど日本のことを知らないものだ』
つくづく嫌味な奴である。何か言い返したくなって、僕はサークルの先輩から聞いた話を持ち出した。
『中国だって、今じゃ日本のラーメンがはやってるんだろ? 中華料理の本場のくせに』
中国本来の麺料理より、日本で独自に発展したラーメンの方が人気らしいのだ。日本人としてはちょっと威張りたいところである。
『それは台湾の話だろ』張はすぐに言い返してきた。『上海ではそれほどはやってない』
へこまない態度が癪に触ったが、そこでスコットがチェックメイトにしてくれた。張が固めた守りをナイトで跳び越えた見事な攻めで、見ている僕まで気持ちいい勝ち方だった。
ざまあみろと言ってやろうかと思っていると、スコットが『ありがとうございました』と発言した。試合相手の張への挨拶だったが、僕らの間に割って入ってくれたのかもしれない。--張が同じ挨拶を返すと、スコットは今の試合の検討に話題を向けた。
『エリックさんは、守りが好きでもキングが真ん中から動かないので危ないね。早めにキャスリングしてキングを守るといいです』
『キャスリング、慣れてないんだ』
『では、Xiangqi の方が得意ですか?』
『よく分かったね』張は珍しく素直に反応した。『二問連続正解だ』
『キャスリング、慣れてないんだ』
『では、Xiangqi の方が得意ですか?』
『よく分かったね』張は珍しく素直に反応した。『二問連続正解だ』
僕にはXiangqi という言葉が分からなかったが、漢字だと象棋と書いてシャンチーと読むらしい。日本の将棋に似ているが中国で独自に発展したゲームで、張のチェスにはその象棋の癖があるのだそうだ。
『へー、中国にも将棋ってあったんだ』
僕は何気なく言ったのだが、張は気に触ったらしい。『日本が中国を真似して将棋を作ったんだ』と言い出したものだから、また言い合いが始まりそうになった。それをとりなしてくれたのは、またしてもスコットである。
『最初に作ったのは古代のインドの人です。それがヨーロッパでチェス、中国でシャンチー、日本でショウギになったね』
チェスが強いだけあって、スコットはその方面の知識も豊富らしい。言い合いの仲裁役も意識してやっているようで、続いて僕と張を挑発するようなことを言ってきた。
『ショウギの国の人とシャンチーの国の人、チェスで戦ったらどちらが強いですか?』
『ショウギの国の人とシャンチーの国の人、チェスで戦ったらどちらが強いですか?』
Copyright © 2007 Takeuchi Makoto / Web Japan
Edited by Japan Echo Inc.
Edited by Japan Echo Inc.