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三个互不相连的断片 竹内真
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第3話
 その夜、ネットチェスでは既にスコットが僕を待っていた。彼のIDが表示されたテーブルに入ると、挨拶がわりに尋ねられた。
『推理のパズル、分かりましたか?』
   僕は解答を思いつかずじまいだったので、父の考えた水鉄砲の話を伝えてみた。正解じゃなさそうですねと付け加えたが、スコットは面白がってくれた。
『おお、それは私も思いつきませんでした。とてもユニークな物語で、鋭い推理です』
 そのご褒美なのか何なのか、チェスの対戦では僕に二手ばかりハンデがついた。白番の僕が最初の二手を動かす間、黒番のスコットは前に出したナイトをまた元に戻すことで一手も動かさない状態を保ってくれたのだ。
『こういう時、チェスのナイトはショウギのケイマより便利ですね』
『ああ、桂馬は後ろには進めないもんね』
 そこからは普通の対戦ということになり、序盤は僕が優勢だった。もともと白が先手な上にハンデも手伝い、黒の陣地に攻め込んでキングにチェックをかけることができたのである。ちょうどその頃に観戦者が現れたが、その人の目には僕がスコットより強いように見えたかもしれない。
『ところで、正解って何なんですか?』僕は話を戻した。『例の酒場の拳銃の問題の』
『おお、忘れていました。謎解きですね』
 スコットは説明を始める前に次の手を打った。キングを守りつつ、攻め込んだ僕のクイーンの退路を立つ一手だった。
 僕がどうしようかと考え込んでいる間、スコットは問題文を繰り返した。観戦している人にも何の話題が分かるようにとの配慮だそうで、チェスでは容赦のない手を打つわりに随分と気配りをする人らしい。
『本当はこのあと、いくつもの質問が手がかりを集め、イマジネーションを広げます。でも昇太さんは早く答えを知りたいですか?』
『うん。チェスももうすぐ負けそうだし』
『諦めてはいけませんが、謎解きも長引いてはいけない。もう一人の人もいいですか?』
 返事はなかった。観戦者はさっきから一言も発してないのだ。チェスの観戦だけでチャット画面など見てないのかもしれないし、そこまで気を遣うこともなさそうだった。
『よろしい。謎解きをしましょう』
 スコットは少し間をあけた。探偵物のマンガの真似でもしているのかもしれない。
『酒場に入った男は、しゃっくりを止めたかったのです。だから水を飲みたがりました』
『ああ! 水を飲んで止めようとしたのか』
『そう。しかし銃にびっくりしたら、しゃっくりは止まります。もう水はほしくないね』
 それで礼を言って帰っていったというストーリーだったわけだ。お礼がわりに一杯頼んでも良さそうなものだが、一通り辻褄が合って納得もいく答えであった。
 なるほどねーと感心しつつ、僕はチェスの次の手を打った。黙っていた観戦者が発言したのはその時である。
『ちょっと待ってくれ。それはおかしい』
 一瞬、僕の打った手がおかしいという意味かと思った。白はクイーン救出を諦めてルークも攻めに参加させようとしたところである。
 しかし観戦者が文句を言いたい相手は、僕ではなくてスコットだった。
『どうして銃にびっくりするとしゃっくりが止まるんだよ。関係ないじゃないか』
 挨拶も抜きに話しかけてきたにしては、少々喧嘩腰の口調だった。ネット上でたまに見かける、礼儀など無視して誰彼構わず喧嘩を吹っかけるような奴なのかもしれない。
 しかしスコットは、相手の無礼な発言など気にしないらしい。あるいはそういう日本語のニュアンスが分からないだけかもしれないが、全く別のことに興味を持っていた。
『ああ、もしかするとあなたは、日本の人ではない、ですね?』
『だったら?』
『気にしましたら謝ります。私はアメリカ人ですが、あなたも日本では外国の人ですね』
『国籍は中国』観戦者はしばらくしてから答えた。『でも日本に住んでたこともあるぞ』
『おお、では私より日本語が上手です』
 スコットは、チェスでは攻勢に転じつつ、チャットではその中国人にしゃっくりにまつわる習慣の違いを説明した。--なんでも、日本やアメリカでは相手を驚かせてしゃっくりを止めるという習慣があるが、中国ではあまり一般的ではないらしい。実際、張と名乗った観戦者も納得していなかった。
『そんな方法は迷信だろう。驚くのは心の問題で、しゃっくりは体の問題じゃないか』
『でも驚いた時って、はっと息を吸うだろ』僕はスコットに味方した。『それで呼吸のリズムが変わってしゃっくりが止まるっていうこともあるんじゃないかな』
 我ながら論理的な説明だと思ったが、張は頑固に迷信だと言い張った。百歩譲ってもその「酒場の拳銃」という問題はアメリカ人と日本人にしか通じないと言い張り、問題の作り方がなってないとまで言い出したのだ。
『それは申し訳ない』スコットは素直に謝った。『次は中国の人のことも考えましょう』
 しかしスコットが謝るのも妙なものだった。元々アメリカ人のスコットと日本人の僕の会話に出できた問題だったのだ。後から入ってきた奴からとやかく言われる筋合いはない。
 どうやら日本語は堪能なようなので、僕は張の奴に嫌味を言ってやることにした。
『文句言うなら、自分で出題してみれば?』
 まさかできるわけがないと思ったから言ってみたのだが、張はあっさり『いいよ』と応じてきた。聞けば映画やドラマの脚本家を目指しているとかで、『その程度のストーリーを考えるのは楽勝』なのだそうだ。
 そして出題されたのが、「謎のコイン」という問題であった。
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『初めての海外旅行で日本に来た外国人。
 観光地の池の畔にあった立札を、辞書を引きつつ読んでいる。そして財布から百円玉を取り出すと、池に向かって投げ込んだ』
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『池に百円を投げ込んだ理由を考えてみな』
 高飛車に告げられたが、「酒場の拳銃」にも増して難しい問題だった。スコットは『百円でないといけませんか?』とか『トレビの泉と関係ありますか?』とか質問していたが、張は冷たく『ヒントはなし』と返してくる。
 そんな会話の間にもチェスは進行し、僕はやっぱり負けてしまった。僕では敵わないので張に席を譲ろうかと思ったのだが、そう告げる前に挑発的な言葉をかけられた。
『答えは、また会ったら教えてやるよ』
 画面から張のIDが消えた。ログアウトしてネットチェスから去ってしまったのだ。
 どうやら今夜も、僕は解けない謎を抱えてしまったようだった。

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竹内真
1971年生まれ。『神楽坂ファミリー』で小説現代新人賞(1998年)、『粗忽拳銃』で小説すばる新人賞(1999年)を受賞する。

主な著書に『カレーライフ』(2001年)、『自転車少年記』(2004年)、村上春樹の『海辺のカフカ』にトリビュートを表した小説『図書館の水脈』(2004年)などがある。また、ジョン・スタインベック著『チャーリーとの旅』(2007年)を翻訳した。 『ミステリーズ』誌上にて安楽椅子探偵ミステリーを連載中。
http://www.asahi-net.or.jp/ ~hi3m-tkuc/

竹内真
1971年生。作品《神乐坂家庭》荣获小说现代新人奖(1998年)、《粗忽拳铳》获小说昴新人奖(1999年)。

主要著作《咖喱生活》(2001年)、《自行车少年记》(2004年)、表示敬仰村上春树《海边的卡夫卡》而发表的小说《图书馆的水脉》(2004年)等。另外,还有译著约翰·斯坦因贝克的《斯坦贝克携犬横越美国》(2007年)。并且,正在杂志《神秘》上连载安乐椅子侦探神秘故事。
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