第1話
映画スターやスポーツ選手のインタビューを読んでいると、たまに「あなたの人生を変えたきっかけは?」なんて質問を見かける。有名人などではない僕もその質問に答えてみるならば、「ネットチェス・謎のコイン・地図にない国」ということになるだろうか。
我ながら妙な取り合わせで、なんだか落語の三題噺みたいだ。我が異国の友人たちなら、すかさず「ラクゴとは何ですか?」とか「三題噺ってどういう意味だよ?」と尋ねてくることだろう。僕は考え考え、「落語は日本伝統のストーリーテリングで、三題噺は三つのキーワードを組み合わせて一つのストーリーを作ることだよ」なんて答えることになる。
だけど友人たちは、そんな説明だけでは納得しないだろう。実際にやってみせてよという話になるのは間違いない。僕も引っ込みがつかなくなって、どうにか三つの言葉を組み合わせようと知恵を絞ることになる。
そんなわけで、始めよう。僕が語るべきキーワードは、もちろん「ネットチェス・謎のコイン・地図にない国」である。
そんなわけで、始めよう。僕が語るべきキーワードは、もちろん「ネットチェス・謎のコイン・地図にない国」である。
妙な日本語を操る対戦相手に出くわしたのは、ネットチェスの盤上だった。
『こんにちは。あなたはショウギをする人、ですね?』
『こんにちは。あなたはショウギをする人、ですね?』
最初の一手を指した途端、チャット画面に相手からのメッセージが表示された。唐突な言葉に驚き、僕は挨拶も忘れて聞き返した。
『どうして分かったんですか?』
『最初にそこを動かすと、ショウギではヒシャが前に出られますが、チェスでは守りが遅れて陣地が広がりません。だからあなたは、チェスよりショウギの人』
『どうして分かったんですか?』
『最初にそこを動かすと、ショウギではヒシャが前に出られますが、チェスでは守りが遅れて陣地が広がりません。だからあなたは、チェスよりショウギの人』
答える間に相手も駒を動かしている。相当強そうな口ぶりだし、その指摘も図星だった。
『実は僕、チェスは初めてなんです』僕は正直に打ち明けた。『こないだ将棋との違いを覚えたばっかりなんで、弱くてすいません』
『実は僕、チェスは初めてなんです』僕は正直に打ち明けた。『こないだ将棋との違いを覚えたばっかりなんで、弱くてすいません』
チェスのことを西洋将棋というくらいだから大体の駒やルールは共通しているが、異なる点も結構ある。大学の同級生から一通りのルールを教わったので、試しにやってみるかとヤフー・ジャパンのゲームサイトにアクセスしてみたところだった。
『気にしないで。最初はみんな初心者です』
『でも、びっくりした。一手見ただけでそれを見抜くなんて名探偵ですね』
『おお、少年の私は、探偵になりたかった』
『気にしないで。最初はみんな初心者です』
『でも、びっくりした。一手見ただけでそれを見抜くなんて名探偵ですね』
『おお、少年の私は、探偵になりたかった』
そんな会話を交わす間にもゲームは進んでいった。相手はろくに考える時間もかけずに打っているのに、的確に僕の守りの弱点を突いて陣地に攻め入ってくる。劣勢の僕はチェスよりも会話の方が面白くなってきた。
『もしかして、あなたは外国の人ですか?』
『もしかして、あなたは外国の人ですか?』
ヤフー・ジャパンのチェスだから相手も日本人という先入観があったが、どうも日本語ネイティブの話し方ではない。インターネットなら国境は関係ないのだから、日本語のできる外国人なんじゃないかと思い当たった。
『おお、今度はあなたが名探偵です。私はアメリカ人で、名前はスコットです』
『僕は昇太といいます』
『私はマンガのために日本語を学びました』
『マンガのためって?』
『日本語で読めますと、英語にならないタイトルも読める。それに、日本のマンガは日本語で読むのが一番ですね』
『おお、今度はあなたが名探偵です。私はアメリカ人で、名前はスコットです』
『僕は昇太といいます』
『私はマンガのために日本語を学びました』
『マンガのためって?』
『日本語で読めますと、英語にならないタイトルも読める。それに、日本のマンガは日本語で読むのが一番ですね』
僕は秋葉原の家電量販店でアルバイトをしているので、こういう外国人もよく見かける。マンガやアニメの関連グッズを山ほど買い込む彼らのため、うちの店も家電品売り場の一角をソフト売り場に改装したほどなのだ。
日本土産が売れるものだから、今では箸や扇子や日本人形、漢字プリントのTシャツなども節操なく並べている。--今では何屋だか分からないという冗談話を打ち込んでみたら、スコットは妙なところに食いついてきた。
『アキハバラ! 日本の文化の中心ですね』
日本土産が売れるものだから、今では箸や扇子や日本人形、漢字プリントのTシャツなども節操なく並べている。--今では何屋だか分からないという冗談話を打ち込んでみたら、スコットは妙なところに食いついてきた。
『アキハバラ! 日本の文化の中心ですね』
どうも誤解混じりに感動しているらしい。僕が訂正する間もなく、彼の言葉は続いた。
『提案です。あなたは私に日本を教える、私はあなたにチェスを教える。どうですか?』
『うーん、チェスを教わってもなあ……』
『提案です。あなたは私に日本を教える、私はあなたにチェスを教える。どうですか?』
『うーん、チェスを教わってもなあ……』
ほんの気まぐれでアクセスしただけで、そんなにチェスが強くなりたいわけではないのだ。僕はチェスでイマジネーションが広がるようなレベルではないようで、一方的に攻め込まれてチェックメイト寸前であった。
『では、チェスではなくて推理のパズルを教えるならどうでしょう? 面白いですよ』
『推理のパズル?』
『では、チェスではなくて推理のパズルを教えるならどうでしょう? 面白いですよ』
『推理のパズル?』
聞き返すと、スコットは例題を一つ出してくれた。イギリス人のポール・スローンという人の本で紹介されている問題だそうだ。
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『酒場に入ってきた男が、マスターに「み、水をくれ」と頼みました。
マスターは銃を構えて男に向けました。すると男はマスターにお礼を言って帰っていきました。何も飲みませんでした。
さて、どういうことか説明できますか?』
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説明できますかと言われても困ってしまった。推理のパズルといわれたところで、何をどう推理すればいいのか見当もつかない。
スコットにもそう告げたのだが、返ってきたのは含み笑いのこもったような文章だった。
『imagination を広げて、物語を思い浮かべてみてください。きっと正解が見つかると思いますが、明日のこの時間にまたここのチェスで会えましたら、正解を教えましょう』
『imagination を広げて、物語を思い浮かべてみてください。きっと正解が見つかると思いますが、明日のこの時間にまたここのチェスで会えましたら、正解を教えましょう』
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Edited by Japan Echo Inc.
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