2013 No.11

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召し上がれ、日本召し上がれ、日本

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いなり寿司
薄い揚げ豆腐で包んだ寿司

写真●新居明子、アフロ  協力●人形町志乃多寿司總本店

キツネを祀る京都の伏見稲荷大社には、キツネの像が置かれている

醤油と砂糖、みりんで甘辛く煮た油揚げの中に、酢飯を詰めた「いなり寿司」。安くて「おいなりさん」という愛称で親しまれる庶民的な料理だ。

「いなり」とは薄く切った豆腐を揚げた「油揚げ」のことで、キツネを祀る「稲荷神社」に由来がある。「稲荷」は、稲生が変化したもので、本来は農耕の神を祀っていたのが、神の使いであるキツネに代わり、そこからキツネの好物とされた油揚げを「いなり」と呼ぶ習慣が生まれた。関東では四角に、関西では三角につくることが多く、酢飯の中に、煮たレンコンやニンジン、または紅ショウガ(ショウガの梅酢漬け)などを混ぜることもある。

いなり寿司が江戸(現在の東京)で盛んに売られるようになったのは1800年代中頃。当時は屋台で売り歩いていた。劇場が近く、幕間に食べる弁当としていなり寿司を求める人で賑わう東京・人形町の老舗も、1877年の創業当時は屋台だったという。

いなり寿司は、油揚げが破れやすく、つくるのが案外難しい。この老舗で使う油揚げは市販のものよりさらに薄い。薄いと煮汁がしみ込みすぎず、いなり寿司がべたつかないという。

油揚げは、50℃のお湯に10分ほどくぐらせて油抜きした後、味に深みを出すために3種類の砂糖、醤油、みりんを合わせた煮汁で2、3分煮て室温で1日、冷蔵庫で3日ほど休ませる。時間をかけることで味がしっかり染み込むのだ。

これをもう一度煮たら、酢、塩、砂糖を混ぜた酢飯を中に詰めて出来上がりだ。熟練した職人は片手で油揚げの口を広げ、もう一方の手で軽く酢飯を握って形を整え、軽やかな動作で詰めていく。いなり寿司1個の重さはおよそ50g。

この店では、いなり寿司が一番売れるのは、稲荷神社の祭礼の日という。現代の都会のまちなかでも、ビルの屋上などに多くの稲荷の社が祀られ、祭りの日にはきちんといなり寿司が供えてあるのが見られる。

いなり寿司が「おいなりさん」と親しみをもって呼ばれるのは、今も豊穣を祈る心が日本人に残っているからかもしれない。

左/味がしみ込みすぎないよう、市販のものより薄い油揚げを使う  中左/油揚げに味を含ませる  中右/甘辛い油揚げに、まろやかな酸味の酢飯を詰める  右/熟練の職人は十数秒に1個の速さで詰めていく