niponica is a web magazine that introduces modern Japan to people all over the world.
2013 No.11
日本の布が世界を包む

世界に広がる日本のハイテク布技術
長い年月をかけて培われた布技術と、最先端の科学技術。日本が誇る二つの技術が融合し、世界中で存在感を発揮している。サーキットやスタジアムで観客を雨風や強烈な日差しから守り、鉄よりも強い「人工クモの糸」の量産を実現、荒廃地を緑化し、水不足を解消する。さらには宇宙開発の最前線でも活躍する、ニッポンのハイテク布技術たち。

「上海国際サーキット場」の観客席を覆う膜屋根は、太陽工業が屋根を製作・施工した(写真提供=太陽工業(株))
世界の大建築物を彩る膜
中国・上海市の中心部から車で約1時間。
「上海国際サーキット場」の上空に、いくつもの巨大な「ハスの葉」が浮かぶ。2万席を備えるサブスタンドの観客席を覆う、26個の膜屋根だ。フッ素樹脂をコーティングしたガラス繊維でできており、それぞれの「葉」は長軸31.6m、短軸27.6mの楕円形。これを直径1mの鉄骨の柱で支えている。湖面に浮かぶハスの葉をイメージした膜屋根が上下に重なり合った斬新なデザインは、膜構造建築物を得意とする日本企業の技術力によって実現した。
膜構造の屋根は採光性や軽量性に優れ、柱のない大空間が求められる競技場やデザイン性の高い建築物などに多く採用されているが、手がけられるのはひと握りの企業に限られる。複雑な立体形状を実現するには、膜の製作にも現場での施工にも、非常に高度な技術が必要とされるためだ。
ブラジル北東部、大西洋に面した港湾都市サルバドール。2013年4月、このまちに約56,500人の収容人員を誇るサッカースタジアム「アレーナ・フォンチ・ノヴァ」が誕生した。2014年に開催されるサッカーワールドカップ・ブラジル大会の準々決勝の会場としても使用されるこのスタジアムの観客席を覆うのも、同じ企業による膜天井だ。

太陽工業は、「アレーナ・フォンチ・ノヴァ」を覆う屋根も手がけた(写真提供=太陽工業(株))
海水を飲料水に変える、命のプラント
カリブ海に浮かぶ小さな島国、トリニダード・トバゴ。
周囲を海に囲まれ、慢性的な水不足に長年悩まされてきたこの地で、海水を飲料水に変えてしまう「命のプラント」が大活躍している。1日当たり13.6万m3の処理能力を誇る、世界でも有数の規模の海水淡水化プラントだ。
このプラントの心臓部が、日本のメーカーが供給する「逆浸透膜」。高分子化学の技術によって膜に開けられた直径わずか数nm(ナノメートル)程度の小さな穴が、水の分子だけを通して塩分を通さない。このプラントでは、この膜を工業製品化した逆浸透膜エレメントを約2万本用いて海水を淡水化し、飲料水として供給している。
地球上の水のうち人間が利用できるのはごく一部の淡水だけで、世界の多くの地域が深刻な水不足に悩まされている。豊富にある海水を利用する淡水化プラントは、世界各地で水不足の解消に貢献している。
世界を変える夢の繊維
山形県鶴岡市。
日本有数の米どころである東北地方ののどかなまちで、最先端の人工繊維が産声を上げた。鋼鉄をしのぐ強度と、ナイロンを上回る伸縮性を併せ持つクモの糸を、人工的に合成した「人工クモ糸繊維」だ。衣料のほか、軽くて強度のある自動車部品、人工の血管や毛髪の材料にもなりうるなど、幅広い分野での活躍が期待されている。
優れた特性を持つクモの糸を人工的につくろうとの試みには、多くの科学者が挑戦してきたが、これまで大量生産に成功したケースはなかった。これにめどをつけたのが、慶應義塾大学の若手研究者らが設立したベンチャー企業。最先端のバイオテクノロジーを駆使し、クモの糸に似たタンパク質を別の生物につくらせ、これを回収して繊維に加工する。
2013年12月には、量産化を見据えた試作工場が完成。数年後の本格量産をめざし、研究活動は急速に進んでいる。荒れ地に緑をよみがえらせる布
南アフリカ、ヨハネスブルク郊外。
鉱山の開発によって荒れ果てた地を、農地としてよみがえらせようというプロジェクトが動きだした。日本のニットメーカーと繊維メーカーが共同で開発した工法で、長い靴下のような布製のチューブに、土や肥料などを詰め込み、これを地面に並べ、チューブ間に種をまく。やがてこのチューブにトウモロコシなどが根を張り、徐々に周囲に植物が広がっていく。チューブは同時に、砂が風で飛び散る公害を防ぐ役割も果たしている。
このチューブは、分解されて土に返る性質を持つ「ポリ乳酸繊維」を、ニットメーカーが得意とする伸縮性の高い「丸編み」という方法で編み上げたもの。設置が容易なことに加え保水力が高いため、少ない水と肥料で農作物を栽培することができるのが特徴だ。砂漠やコンクリートの上で植物が栽培できることにも注目が集まっている。

火星探査機「キュリオシティ」の着陸用パラシュートの風洞実験の様子。パラシュートと探査機を結ぶサスペンション・コードに、帝人が開発したアラミド繊維の「テクノーラ」が採用された(写真提供=NASA/JPLCaltech)
過酷な宇宙空間でも耐えられる強靱な繊維
場所は大きく変わって宇宙空間。
2012年8月、米航空宇宙局(NASA)の無人火星探査機「キュリオシティ」が着陸に成功した。火星大気圏への突入後、探査機を時速約1,450㎞から時速約290㎞まで減速したのは直径約15mの大型パラシュートだ。このパラシュートと探査機を結ぶ80本の「サスペンション・コード」に、日本の企業が開発した特殊な繊維が採用された。
この特殊なアラミド繊維のひっぱり強度は、同じ重さの鉄の8倍。200℃での長時間の使用にも耐える耐熱性なども併せ持ち、これらの優れた特性がNASAに評価された。NASAの計算によると、着陸時にパラシュートが受けた重力は最大で地上の約9倍。80本のコードが、27tもの重量に耐えたことになるという。