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勤労感謝(きんろうかんしゃ)の日(ひ)

11月(がつ)23日(にち)は、11月(がつ)の2(ふた)つ目(め)の祝日(しゅくじつ)である勤労感謝(きんろうかんしゃ)の日(ひ)です。この日(ひ)は、1年間(ねんかん)に行(おこな)った仕事(しごと)や、それらの労働(ろうどう)の成果(せいか)に対(たい)して市民(しみん)がお互(たが)いに感謝(かんしゃ)を表現(ひょうげん)するための日(ひ)として1948年(ねん)に国民(こくみん)の祝日(しゅくじつ)になりました。

勤労感謝(きんろうかんしゃ)の日(ひ)は、実際(じっさい)には新嘗祭(にいなめさい)(収穫祭(しゅうかくさい))と呼(よ)ばれる古代(こだい)儀式(ぎしき)の現在(げんざい)の名称(めいしょう)です。この儀式(ぎしき)では、新(あら)たに収穫(しゅうかく)したばかりの米(こめ)で作(つく)ったその季節(きせつ)最初(さいしょ)のお供(そな)え物(もの)を天皇(てんのう)が神様(かみさま)に捧(ささ)げ、その後(あと)、天皇(てんのう)自(みずか)らその米(こめ)を召(め)し上(あ)がります。

新嘗祭(にいなめさい)の歴史(れきし)は数(すう)百(ひゃく)年(ねん)前(まえ)までさかのぼり、最初(さいしょ)の記述(きじゅつ)は日本(にほん)最古(さいこ)の歴史書(れきししょ)である日本書紀(にほんしょき)(日本(にほん)の年代記(ねんだいき))で見(み)つかっています。この記述(きじゅつ)によると、新嘗祭(にいなめさい)は673年(ねん)11月(がつ)に行(おこな)われていました。この儀式(ぎしき)の由来(ゆらい)はもっと古(ふる)いと考(かんが)えられており、2000年(ねん)以上(いじょう)前(まえ)に日本(にほん)に稲作(いなさく)が初(はじ)めて伝(つた)えられたときまでさかのぼります。明治時代(めいじじだい)(1868年(ねん)から1912年(ねん))には、新嘗祭(にいなめさい)は11月(がつ)23日(にち)に行(おこな)われており、全国的(ぜんこくてき)に祝(いわ)われる行事(ぎょうじ)でした。

第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん)後(ご)、勤労感謝(きんろうかんしゃ)の日(ひ)が制定(せいてい)され、戦後(せんご)憲法(けんぽう)で基本的人権(きほんてきじんけん)が保障(ほしょう)され、労働者(ろうどうしゃ)の権利(けんり)が大幅(おおはば)に拡大(かくだい)されたということが示(しめ)されました。


この日(ひ)には多数(たすう)の大(おお)きな行事(ぎょうじ)が行(おこな)われます。たとえば、1998年(ねん)2月(がつ)に冬季(とうき)オリンピックが開催(かいさい)された長野市(ながのし)では労働(ろうどう)のお祭(まつ)りが行(おこな)われます。地域(ちいき)の労働者(ろうどうしゃ)組織(そしき)がこのイベントを主催(しゅさい)し、平和(へいわ)、人権(じんけん)、および環境(かんきょう)に影響(えいきょう)を及(およ)ぼす問題(もんだい)について人々(ひとびと)が考(かんが)えるように促(うなが)します。

一部(いちぶ)の地域(ちいき)では、保育園(ほいくえん)の児童(じどう)が、毎日(まいにち)街(まち)の安全(あんぜん)を見守(みまも)っている地域(ちいき)の警察官(けいさつかん)に感謝(かんしゃ)の気持(きも)ちを込(こ)めて絵(え)や手作(てづく)りの品(しな)をプレゼントします。