三个互不相连的断片 竹内真
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第8話
『面白いな』意外にも張が賛成してくれた。『そういう国も珍しいし、このコインが三人で集まった記念になりそうだ』
『池に放り込んだら魚の餌になるかもよ』
僕は冗談で応じた。張が考えた「謎のコイン」という問題から候補地を導き出すなんて、我ながら冴えていると浮かれていたのだ。
なのにスコットから待ったがかかった。しばらく黙っていたと思ったら、いきなり『残念ですが、この島には行けないです』と言い切ったのだ。
『二人とも、公式サイトの英語を見てください』スコットは続けた。『空想の島ですとか、フィクションで作られたとか書いてあるね』
英文ばかりのサイトなので、僕はアドレスをコピーした後はもっぱら日本語サイトの紹介文だけを読んでいた。そのせいで大事なことを見落としていたらしい。
『本当だ』張も言った。『はっきり最初の方に書いてあるけど』
張に指摘された箇所を見てみると、確かに「imaginary island」という単語があった。僕の英語力でも、それが架空の島という意味だということは分かる。
『とても魅力を持っている島ですが、この世にないのは残念です』
スコットが言ったが、僕の方がずっと残念だった。すっかり実在の島だと信じて提案したのである。英文をちゃんと読まなかったのが悪いのだが、なんとも冴えない結末だった。
『それに昇太、日本のサイトもよく見てみろよ』張も追い打ちをかけてきた。『下の方にあるリンクから飛べば、真相が載ってるぞ』
  張に言われたリンク先を開いてみたら、コインサイトの作成者が後日談を書いていた。--その人も最初は実在の島かと思って自分のサイトで紹介してしまったが、それを読んだ人から指摘されて真相を知ったというのだ。
実際には、ロジャーコインを作ったのはニューアイランド政府ではなく、アメリカのリー・モスというアーティストだった。彼はもともと架空の土地の風景画を描いていたのだが、その絵を見た人からどこの国の風景なのかと尋ねられることが多く、それならと風景に合わせて架空の国を作ってしまった。国の歴史や文化についても考え、国旗や地図や通貨も創作したのである。そして造幣されたロジャーコインの出来が良かったため、収集家が本物の通貨と勘違いして取り引きするようになり、そこからニューアイランド自体も実在するという誤解が生じたというわけだった。
僕はその誤解について記したサイトを眺め、ニューアイランド共和国の存在を信じてしまったのである。我ながら間抜けな話で、パソコンに向かいながら顔が赤面してしまった。
『気にすることはないです』スコットが慰めてくれた。『気づかなかったは、三十分で調べる約束のせいね。どこで会いたいか、また来週に話し合うのはどうでしょう?』
どうやらその方が良さそうだった。これ以上話しても、今夜はもう名案も出そうもない。
チェスを打つ気も失せてしまったので、スコットと張が対戦している間にログアウトすることにした。張はチェスを打ちつつネットサーフィンも続けているのか、僕が立ち去る間際にこんなことを言ってきた。
『ロジャーコイン、ネット通販で買えるみたいだそ。一枚申し込んでみようかな』
僕への皮肉なのかとも思ったが、きっと張なりの慰めだろう。今夜のところはそう思っておきたかった。

翌週、張はとんでもないことを言い出した。
『ニューアイランドに行く場所があったぞ』
『はあ?』
いきなり何を言うのかと思った。架空の島では、行く場所も何もあったものではない。
『もしかすると』スコットが言った。『ニューアイランドの市民権が買える話ですか?』
なんでも、ニューアイランドの市民権を購入すれば誰でも国民となって島の土地の権利書を貰えるらしい。架空の島とはいえ、作者と協賛者で作り上げていくインタラクティブなアート作品ということらしかったが、張の言っているのはそういうことではなかった。
『昇太はフリーマントルって港町からニューアイランドへの定期船が出てるって言ってただろ? 調べてみたら、フリーマントルの港の写真をのせてるブログが見つかったんだ』
『そりゃあフリーマントルは実際にあるんだろうけど……』
  そこから出発しても行き先が実在しないのだ。張はそのブログのアドレスを教えてくれたが、港の写真など見ても仕方ない気がした。
『確かに今のフリーマントル港には、ニューアイランド行きの定期船の乗り場はない。でも昔の港は少し位置が違ってたらしくて、少し離れたところには「THE OLD PORT」っていう標識がある。それを見てほしいんだ』
重ねて言われ、そのブログを開いてみた。--確かに、青い海を背景に標識が立っていて、英文で何か書かれている。
『記念碑みたいなもんかな』僕は見たままのことを言った。『なんか、砂浜の立て看板って感じだけど』。
『そう、立札だ』張はすかさず続けた。『そんなところまで、「謎のコイン」と重なる』
『おお、確かに』スコットが言った。『そしてここには、港の建物たちが十九世紀に建てられましたと書いてあります』
『そう』張はさらに続けた。『つまり時代的に考えれば、このオールドポートからもニューアイランドへの船が出てたことになる』
『ああ、なるほど』
それで「ニューアイランドに行く場所がある」ではなくて「あった」と言ったわけだ。過去の歴史に架空の島を重ねれば、かつてこの場所から出ていた定期船を想像できるということだろうか。
『今は港じゃなくて砂浜の向こうにインド洋が見えるだけらしいけど』張は珍しいくらい饒舌だった。『だからいいんだ。海と空だけ見える砂浜なんて、架空の島への出発点にはぴったりじゃないか?』
『インド洋の向こうはチェスの生まれた土地かもしれません。この立札がimagination を広げますね』スコットが応じた。『そして私は、エリックの次の提案を推理しました』
『どうぞ。言ってみなよ?』
『ぜひ、この立札の前で集まりましょう』
『そういうこと』
張が短く答えた後で、意味ありげな沈黙がやってきた。二人とも僕の答えを待ってくれているようだ。
『確かに、面白いね』
僕は短く返事した。続きの文章を打ち込みながら、自分の口元が自然と微笑んでいることに気づいた。
『こういう場所こそ、僕らの待ち合わせにはふさわしいかもしれない』

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