![宇宙ヨット実験のイメージ図(提供 JAXA)](images/001.jpg)
宇宙ヨット実験のイメージ図(提供 JAXA)
風を受けて大海原を突き進むヨットのように、宇宙空間に帆を広げて航行する「宇宙ヨット」で旅をしてみたい――。そんな夢を乗せて2010年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が小型実験機を開発して打ち上げました。実験機の名前は、ギリシア神話の登場人物と同じ「イカロス」です。神話のイカロスは、太陽の熱によって翼を失ってしまいますが、宇宙に飛び立ったイカロスは、太陽光の力を利用して金星を通過し、今も無限の宇宙で旅を続けています。
エンジンも燃料も要らない
![2010年5月、イカロスを乗せたH2Aロケットが打ち上げられた(提供 JAXA)](images/002.jpg)
2010年5月、イカロスを乗せたH2Aロケットが打ち上げられた(提供 JAXA)
イカロスは、エンジンも燃料も必要としない“夢の宇宙船”の開発を目指してつくられました。中心の本体部(直径160㌢、厚さ80㌢)を大きな四角い帆が囲むようにできていて、14㍍四方の帆をいっぱいに広げると、対角線の長さは20㍍にもなります。太陽の光を受けて進む「ソーラーセイル」技術と、帆に張った薄膜の太陽電池で発電する「電力セイル」技術が、宇宙で機能するかどうかを確かめるのが主な役割です。
光の力で進むなんて不思議に思うかもしれませんが、太陽の光の粒(つぶ)が帆に当たってはね返る時にイカロスを押す力が生まれるのです。その力は非常に小さくて、私たちが日常生活で感じることはありません。イカロスがいっぱいに帆を張って作り出す力も、地球上ならたった0.2㌘の物を持ち上げるだけですが、空気の抵抗がない宇宙であれば、重さ310㌔の機体を動かすのに十分な力となるのです。
実際、ロケットから切り離されたイカロスは、その後、約半年で時速300㌔ほどスピードを増したことが確認されました。
![同時に打ち上げられた金星探査機「あかつき」(写真右)とイカロス(提供 JAXA)](images/003.jpg)
同時に打ち上げられた金星探査機「あかつき」(写真右)とイカロス(提供 JAXA)
薄くて丈夫な帆を開発
燃料を使わず、光の力で機体を動かす宇宙ヨットのアイデアは100年も前からありました。映画『2001年宇宙の旅」の原作者としても知られるイギリス人作家アーサー・C・クラーク(1917―2008年)も、小説で宇宙ヨットレースの場面を描いています。
![イカロスの本体部(提供 JAXA)](images/004.jpg)
イカロスの本体部(提供 JAXA)
![イカロス本体部に巻き付けられたポリイミド製の帆(提供 JAXA)](images/005.jpg)
イカロス本体部に巻き付けられたポリイミド製の帆(提供 JAXA)
宇宙ヨット開発はこれまで、欧米諸国を中心に、何十年にもわたって研究されてきました。しかし、なかなか実現にはたどり着きませんでした。宇宙空間で使える軽くて丈夫な帆を安定的に作る技術がなかったからです。宇宙では、とても強い放射線や紫外線が飛び交っていて、普通のビニールや布では、すぐにぼろぼろになってしまうのです。
そこで、JAXAの研究者が、この実験に使える新しい帆の材料として目をつけたのが、「ポリイミド」という特殊プラスチックフィルムです。厚さ0.0075㍉のフィルムは軽いだけでなく、人工衛星の断熱材に使われるなど、その丈夫さは宇宙空間でも確かめられています。接ぎ目が破れやすくならないように接着剤は使わず、温めると張り付く性質のポリイミドを新しく開発しました。