らせん階段のように曲線を描いて昇り降りする「スパイラルエスカレーター」を知っていますか? 半円のかたちに迂回(うかい)しながらゆったりと昇り降りするエスカレーターは、目の前の風景をパノラマのように変化させ、乗る人に不思議な気分を味わわせてくれます。日本の企業1社だけが製造するこの特殊なエスカレーターは、世界にたった91台しかありません。
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米・ラスベガスのフォーラムショップに設置されたスパイラルエスカレーター ©新建築社
誰も実現できなかった
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三菱電機稲沢製作所の正面玄関に設置されているスパイラルエスカレーター
「誰も実現できなかった、新しくて面白い物をつくりたい」―。スパイラルエスカレーターの開発は、そんな企業の技術者たちの思いから、1982年にスタートしました。
1900年のパリ万国博覧会で世界に初めて紹介されたエスカレーターですが、ステップを曲線で動かそうというアイデアは、最初からありました。しかし、当時の技術者には、安全に動く装置は造れませんでした。なぜでしょうか。それは、直線も曲線も同じ原理で動くと考えられたことが原因と言われています。
技術者たちの悩み
そもそも普通のエスカレーターは、人が乗るステップの下で2列に並んだチェーンの輪が昇ったり降りたりする仕組みで動いています。ステップはチェーンの動きに合わせて、乗りはじめが水平で、途中から斜めになり、降り口でまた水平となるように動くだけです。ところが、曲線エスカレーターは、一個一個のステップが、上下の方向だけでなく、半円のかたちをなぞりながら、より複雑に動きます。専門家の中には、ステップを動かすチェーンが、自由に伸び縮みしない限り、エスカレーターは曲線に動かないと考える人もいました。
常識をくつがえす
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三つの中心点を移動しながら動くスパイラルエスカレーターのイメージ図
日本の技術者たちは、この難問を解決するため、たくさんの計算を積み重ね、千枚以上の設計図を描いたといいます。そして、ステップをスムースに動かすために、傾きが違う三つの部分に、それぞれ違った中心点を設けて設計図を描けばよかったのだと気づきました。チェーンを伸び縮みさせなくとも、その長さを変えるだけで装置を造る考え方です。円のかたちに動くエスカレーターだから、中心を一つと考えて設計図を描くという常識を覆(くつがえ)し、中心が移動すると考えたことが、テクノロジーの進歩に結びついたのでした。