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注射の痛みは誰でも好きなものでありません。日本では"痛み"を感じさせない技術が開発されました。
注射が苦手な人は少なくありません。なかには注射が嫌で、病院が嫌いになってしまう人もいます。一方で風邪を引いたときや予防接種のときだけではなく、毎日のように注射をしなければならない人もいます。たとえば、糖尿病(とうにょうびょう)の人は、血液の中に含まれる糖分の量を毎日測り、インスリンという薬を1日に何度も注射しなければなりません。このような病気と闘う人たちのために、「痛くない注射」の研究は進められてきました。
極細の針なら、痛くない注射ができる
注射が痛い理由は、大きく分けてふたつあります。ひとつは注射針の太さです。太いほど穴は大きくなるため、痛みは大きくなります。そしてもうひとつは、針の滑らかさです。針が細くてもギザギザしていたりすると、皮膚を傷つけてしまうため痛みが出ます。この二つの問題を解決するために、日本の技術は挑戦をしているのです。
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一枚のステンレス板を一本一本、筒状に丸める方法を編み出しました。液がうまく流れるように、針の中もちゃんと磨き上げています。(協力:テルモ株式会社)
基本的には、針が細くなるほど痛みを小さくできますが、あまりに細いと折れてしまうことがあります。そのため、細くしても折れにくい構造の針を開発しなければなりません。しかし、そのような構造の細い針をどうやって作ればいいのか、最初はわかりませんでした。
以前の針の加工は、薄い金属の板を筒状にしてから、その筒を引き伸ばして細くする、という方法がとられていました。この方法では細くできる限度があり、痛みを感じないほど細くすることはできません。そこで、それまでとは違う加工方法を考えることになりましたが、新たな技術を思いついても、細い針の加工ができる会社が見つからなかったのです。
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根もとが太く、先が細くなった注射針。薬剤をスムーズに注入することができます。(協力:テルモ株式会社)
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糖尿病の患者さん用インスリン注射針。痛くない針は、針の痛さや怖さを和らげ、患者さんの苦痛を軽減させます。(協力:テルモ株式会社)
加工を諦めかけていたとき、小さな町工場が「やってみよう」と手を挙げました。それまで針の加工をしたことがない工場でしたが、他の工場ができないというなら挑戦してみようと考えたのです。その工場の専門は"プレス加工"でした。プレス加工とは、平たい金属の板を凸凹(おうとつ)のついた金型に押し付けて、目的の形に成形する技術です。プレス加工そのものは新しい技術ではありませんが、その工場では携帯電話の電池ケースの加工など、とても細かいものを加工する技術を持っていました。その技術を使い何度も工夫を重ねた結果ようやく、細く、折れることがなく、確実に薬を送りこめる針が実現したのです。
蚊の針がヒント
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刺された痛みを感じない蚊の針をヒントに注射針がつくられました。蚊の針には、とても小さなギザギザがあり、それが痛みを小さくしているようです。
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蚊の針の先にあるギザギザを真似して作られた痛くない針。(協力:株式会社ライトニックス)
細い針以外にも、蚊の針の構造を利用した注射針なども開発されました。蚊に刺されても痛くない理由は、現在も完全には解明されていません。蚊のだ液に麻酔効果があることや、蚊の針が細いといった理由が挙げられます。理由はそれだけではないようですが、現時点で分かっている技術を応用して、痛くない注射針が作りだされています。
そのひとつとして、蚊の針の先端には極小のギザギザがあり、それが痛みを小さくしていることがわかりました。ギザギザした形は痛そうに見えますが、蚊の針についているギザギザは逆に痛みを小さくできるそうです。不思議なことに、痛くないギザギザの形は決まっていたので、蚊とそっくりのギザギザを針につけることにしました。
そしてもうひとつ、針の素材として植物性の樹脂を採用しました。金属よりソフトな樹脂なので痛みが小さくなり、しかも使い捨てなので、清潔で安全に使用できます。
「痛くない針」には細かな加工が求められるため、小さく欠けても、割れても、ましてや表面のデコボコなどは許されません。そういったデコボコが残っていると、せっかくの技術も成果が出ず、痛みが小さくならないのです。そこで開発されたのが、表面をきれいにみがく最新の研磨技術です。
細くする、痛みをやわらげるギザギザを作る、痛くない素材を使う、そして最新技術で滑らかにする、これだけの技術が結集して、痛みが少ない針が開発されているのです。これでもう病院は怖くないですね。
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左の図は、加工前の針。右の図は、最新の技術で加工された針。針の先がとても細く、なめらかになっています。(協力:三菱マテリアル株式会社)