日本の食文化には、洋食というジャンルがある。西洋で生まれた料理を、日本人の口に合うように工夫した独特の折衷料理だ。たとえば、カレーライス、コロッケ、オムライス。今回ご紹介する「スパゲッティ・ナポリタン」も、日本化した洋食の一皿である。

 古書店が軒をつらねる本の街、東京・神保町。昼時の喫茶店「さぼうる」の店内は、学生やサラリーマンで賑わっていた。やや太めの麺に、ハム、タマネギ、ピーマン、マッシュルームなどの具を炒め合わせたトマト色のスパゲッティを、たくさんの人が楽しんでいる。ナポリタンは、1955年の開店当時からの人気メニューで、多い日は200食も注文が出るそうだ。

 ナポリタンの材料やつくり方は店によって微妙に違うが、絶対に欠かせないのはケチャップだ。「さぼうる」では、麺と具を炒めた後に、香味野菜とケチャップ、トマトピューレを加えて煮込んだソースをからめて仕上げている。できたてには、タバスコ・ペッパー・ソースと粉チーズをひと振りずつ。やわらかい麺にこってりとからまった、甘酸っぱくて濃厚なケチャップのおいしさを、唐辛子の辛味とチーズのコクが引き立てる。

 やわらかい麺の食感とケチャップ味という、およそイタリア料理のパスタからはほど遠いイメージの、このナポリタン。それもそのはず、起源は、イタリアのナポリではなく、日本の横浜にあった。

 第2次世界大戦直後、横浜にあるホテルのシェフが、ゆでたスパゲッティにトマトソース、ハム、ピーマンなどを加えて炒めたスパゲッティを考案。トマトソース発祥の地、ナポリにちなんでナポリタン(ナポリ風)と命名したという。これが町場のレストランに広まったとき、ケチャップを使うようになったのではないだろうか。比較的簡単につくれるので、やがて喫茶店の軽食や、家庭料理のメニューにも加わった。

 1970年代頃から本格的なイタリア料理が紹介され始め、本場の味が身近になった今でも、ナポリタン人気が衰えていないのは面白い。中高年世代にとっては、懐かしい味。また若い人たちには、コンビニエンス・ストアで売られるプラスチック容器入りのナポリタンがおなじみだろう。郷愁と旺盛な食欲をそそる、ケチャップの風味。この誘惑に勝てる日本人は少ない。

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