辛口だがうまみがあって濃醇、一度飲んだら忘れられぬ味。燗にすれば豊かな香りとコクが立ち、酸のバランスもよく、どんな食事にも合う。そんな個性的な酒の造り手、神亀酒造・専務の小川原良征(おがわはら よしまさ)さんは、日本酒好きの中ではつとに知られた存在だ。酒蔵の七代目を受け継ぎ、大学で学んだ醸造の知識を生かして、とにかく旨い純米酒を造ろうと腐心してきた。その結果、原料には惜しみなくいい米を使い、伝統的な麹造りの手法などを大切にして醸した酒を世に送り出してきた。また、熟成期間の長さも旨さの秘密。ふつうは半年から1年の間で出荷するが、「年を経た酒は、味に丸みが出て味わい深くなる」と、ほとんどの酒を2年以上寝かせて出荷している。
小川原さんの酒造りに対する情熱は、杜氏を含む9人の蔵人にも受け継がれている。張りつめた緊張感の中、全ての工程を真剣にこなす蔵人たちを見ていると、酒も生き物、思いが伝わって当然、という気がしてくる。蔵人たちは10月から3月までの半年間、蔵に泊まり込み、ほとんど休みも取らずに酒造りに励むのだ。
酒造りは、精米した米を洗って水に漬けることから始まる。その米を蒸し、麹やもろみを造り、そこから酒をしぼり、ろ過、加熱殺菌して瓶詰めした後、製品となる。最も寒い冬の期間に酒造りをするのは、雑菌が繁殖しにくく、低温でゆっくり発酵を進められることで旨い酒ができるからだ。
町がまだしんと寝静まる午前4時前、ぽつんと明かりが灯った酒蔵に入ると、大きな蒸し器に白い湯気がもうもうと立ち上っていた。前日に浸漬をすませた米を蒸す作業が、すでに始まっていた。