仕事帰り、同僚に「ちょいと一杯やりましょうか」と、声を掛け合って行く気取らない庶民の店、それが居酒屋だ。最近は少なくなったが、伝統的な居酒屋の入り口には、縄でつくった“縄のれん”がかかり、看板を兼ねた赤い提灯が下がる。だから居酒屋は、今でも「縄のれん」「赤提灯」とも呼ばれている。

 16世紀の末頃、味見させて酒を量り売りしていた酒屋が、簡単な料理も出すようになった。これが居酒屋の始まりで、江戸時代後期(19世紀初め)には、既に多くの店があったという。当時の首都・江戸は、男性人口が女性よりもはるかに多く、酒や食事を手頃な価格で出す居酒屋は、独身者などにはさぞ重宝がられたことだろう。

 では、現代の居酒屋ののれんをくぐってみるとしよう。東京・新宿にある「鼎」。店舗の移り変わりが特に激しい新宿の繁華街にあって、36年もの長きにわたって営業を続けている、奇跡のような店である。

 席に着いて、まず飲み物を注文する。最近はビールや焼酎も人気だが、居酒屋ならやはり日本酒だ。品書きには全国から集められたより抜きの地酒が並び、どれを選んでいいか悩んでしまう。

「お客様から声がかかれば、そのとき召し上がっている酒を基準にして、もう少し辛いものならこれ、などとアドバイスしてさしあげますよ」

 と、店長の山本博文さん。

 どの日本酒にどの料理が合うか、といった相談にも、快く応えてくれる。こうしたお店の人たちとのやり取りもまた、居酒屋の楽しみのうちなのだ。

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