忙しさに追われる毎日、時にはゆっくりと旅情を味わいたい――そんな人にぜひ体験してもらいたいのが、蒸気機関車の旅だ。
ディーゼル車や電車にとってかわられ、蒸気機関車が廃止されたのは1976年のこと。現在も東北地方の磐越西線、関東地方の真岡鐵道や秩父鉄道、中国地方の山口線など、全国16カ所で蒸気機関車が走っているが、観光列車として季節運行される場合がほとんどだ。そんななか、静岡県の私鉄・大井川鐵道だけが、ほぼ一年を通して蒸気機関車を走らせている。
「蒸気機関車は歴史的文化財という考え方から、『動く保存』に積極的に取り組んできました」
と、大井川鐵道広報の山本豊福さんは話す。
平日でも、家族連れや鉄道ファンで列車は満員だ。出発時刻になると、汽笛を合図に、煙をもくもくと上げながら起点の金谷駅をゆっくりと発車。大井川の渓谷に沿って千頭駅まで、39.5q、1時間22分の旅である。
客車には冷房もなく、開け放たれた窓の外を眺めると、静岡名産の茶畑が広がっている。途中、鉄橋にさしかかると、川原で遊ぶ子どもや大人も、みな一斉にこちらに向かって手を振っている。乗客たちはもちろん、蒸気機関車もそれに答えるかのように「ボッ、ボーッ」と汽笛を鳴らす。
蒸気機関車には、見ず知らずの人たちの心を繋ぐ不思議な力があるようだ。なんとも心温まる体験に、蒸気機関車よ永遠に!と願わずにはいられない。