いくつもの作品が並べられた居間の飾り棚。ひときわ目立つのは「蚊」である。体長十数p。銀紙で折られた蚊は、金属のような輝きを放ち、槍のように鋭い口吻や長い足が「エイリアン」を思わせる。

作者の津田良夫さんは、リアルな動物を折ることで知られる折紙作家である。なかでも昆虫を折ることが多い。というのも、津田さんは昆虫生態学者なのである。今は蚊の生態を研究している。

「東南アジアや沖縄などに蚊の調査に行きますが、よく“あっ、折ってみたいな”と思う昆虫や動物と出会うことがあるんです。最近では、それを作品にすることが多いですね」

2006年の3月、沖縄県南大東島に行った時、学生たちが飼っていたコノハズクと出会った。そのクリッとしたかわいい目を表現できないかと、帰りの飛行機の中で考え始め、数週間後にはほぼ折り方の構想をまとめていたそうだ。

津田さんが折紙の創作に取り組むようになったのは、12歳の頃からだった。偶然テレビで見た折紙のエンゼルフィッシュを自分でも折ってみようと思ったのだ。折り方などわからなかった。試行錯誤しているうちに、それらしい魚ができた。跳び上がるくらい嬉しかった。それからは、誰も折ったことがないものを作ろうと、いろんなものを折り始めた。

「とにかくまず紙を折っていくんです。そのうちに何かに似てくるんですね。これはアヒルに似てるなと思うと、そこからイメージを広げてアヒルにしていったという感じでした」

ところが、津田さんが30歳になる頃、同世代の折紙作家である前川淳氏が、紙を折る前に折る方法を「設計」する技法を編み出し、その理論を発表したのだ。

「これは画期的でした。それ以降、私たちも、まず何を折るかを決めた時、設計の技法を取り入れることで、とても効率的に折ることができるようになったのです」

津田さんに「下駄」という作品がある。下駄は和服に合わせる履物で、現代の日本人は郷愁を誘われる。同じような気持ちで欧米の人たちが折れる作品はできないか、とある時相談され、「編上げ靴」を創作することにした。しかし、編上げのヒモの部分を表現するのが難しく、なかなか折り方が完成しなかった。津田さんは、ハサミを入れずに一枚の紙で折る方法を自分に課している。こうした制約があるからこそ面白いと津田さんは言うのだが、それだけに「設計」は難航した。ヒモの部分の折り方がひらめいたのは、構想を始めて2年後のことだったという。

「突然パッと発想が浮かぶ瞬間がある。それが創作のいちばんの楽しみです」

津田さんは、子どものように目を輝かせた。

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