町のいたる所から湯けむりが立ちのぼる。九州の北東部にある大分県別府市は、日本一の湧出量を誇る温泉地。風光明媚な山並みと海に囲まれ、「別府八湯」と呼ばれるようにさまざまな種類の泉質を楽しめることで、古くから日本人に親しまれてきた。そして近年では、外国人観光客も増えている。
ジョエル・デカントさん(28歳)は当地のボランティア観光ガイドだ。訪れた外国人たちを英語で温泉めぐりに案内してくれるのである。
「僕は“町づくり”が好き。町の人たちと力を合わせて、盛り上げていきたいんです」
流暢な日本語で語るジョエルさん。地元の旅館や土産物屋にとっても実に頼もしい存在だ。ジョエルさんはアメリカ、ペンシルベニア州生まれ。ピッツバーグ大学でたまたま日本語の授業を選択したことがきっかけで、日本に興味を持つようになったという。
「日本語は本当に面白いです。特に四字熟語。短い言葉の中に意味がギッシリ詰まっているんですから。勉強すると驚きの連続です」
大学3年生の時に交換留学生として初来日。京都で1年間学生生活を送り、アメリカに帰って大学を卒業したが、「もっと日本に居たい」と再び来日した。大阪で英会話講師となり、翌年JETプログラム(語学指導などを行う外国青年招致事業)に応募。国際交流員として鹿児島県牧園町に赴任した。小学校で英語を教えたり、フリーマーケットを企画したり。ここで「町づくり」の楽しさを知ったという。そして3年の任期を終え、別府市の立命館アジア太平洋大学に職員として就職した。この大学は生徒の約4割、学長をはじめ教員の約半数が外国籍というユニークな学校だが、そこがたまたま温泉地だった。
「あるホテルの主人と話しているうちに、英語の観光ガイドをやってくれないか、と頼まれまして。これまで英語で観光案内ができる人は誰もいなかったらしく、僕も面白そうだなと」
早速、主人と一緒に町めぐり。温泉の泉質、お寺の由緒、地名の由来などを聞き、ジョエルさんが英語に翻訳してCDに録音。それを通勤時間に聞きながら、すべて暗記した。
「例えば、別府にはその昔、鬼がいたらしいんです。鬼が棍棒を土の中に埋め、その把手についていた鉄の輪だけが表に出ていた。棍棒を抜くとそこから温泉が出たので“鉄輪温泉”。アメリカには昔話や伝説が少ないので、非常に興味深かったです。それに温泉は地元の人々にとって生活の場でもありますから、学ぶことは尽きないんです」
現在、温泉近くのマンションで、日本人の夫人と二人の息子さんとともに暮らす。勤務先の大学でも留学生たちに温泉めぐりを呼びかけ、休日には息子たちと地元主催の「スタンプラリー(各温泉に入湯してスタンプを集める)」に参加する温泉三昧の日々だ。
ちなみにジョエルさんのガイドは約2時間半。その目玉は、「地獄蒸し」料理体験だ。これは温泉の噴気を利用したかまどに、肉や野菜などの食材を入れて蒸し上げるもの。高温で蒸すため素材のうまみが逃げず、とてもおいしく仕上がる。「使う食材は、刺し身以外ならなんでもOK!」というのが決まりのジョークだとか。
ジョエルさんのお気に入りの四字熟語は「一期一会」。大切にしているのは、人との出会いなのである。