裏方が奏でるオーケストラ

日本には、旅館という独自のスタイルの宿泊施設がある。そのため日本のホテルの長所は、旅館的なもてなしの延長線上にあると思われがちだ。しかし、実際のところ、日本のホテルの本当の実力は、ランドリーのエピソードが象徴するように、むしろ地道な裏方の部分にこそあると思う。

帝国ホテルには、ランドリー業務を自前の工場で丹念に行うのと同じく、ホテル内の家具、備品に不具合が生じた時、直ちにこれを修理する「施設部」というセクションがある。ここには、木工や塗装、電気、水回り、はては溶接の専門家までが常時、控えている。海外に比べて日本の優秀さのひとつとされるものに、こうした修理の迅速さをあげる人は多い。帝国ホテルは、まさにそれを実践しているのだ。

そんな帝国ホテルをオーケストラにたとえたのは、現在の社長の小林哲也さんだ。帝国ホテルは、世界の一流ホテルが加盟するリーディング・ホテルズ・オブ・ザ・ワールドという組織のメンバーだが、客室数が1000室を超える規模は、この中で例外的といっていい。小さいことが高級ホテルの条件のように言われる時代にあって、これだけの規模でありながら、いや、だからこそのメリットを生かしつつ、日本を代表するホテルであり続けている。先にあげた技術屋集団など、まさに小さなホテルでは抱えきれない裏方だろう。

壮大な交響曲の中で、たった一音、チンと鳴らすためにスタンバイしているトライアングルの存在にこそ、帝国ホテルの真骨頂はある。

close