キアヌ・リーブスと北野たけしが共演したアメリカ映画『JM』で、泥だらけになったキアヌが発するこんな台詞がある。「東京の帝国ホテルでクリーニングしたシャツが着たいよ」
「東京の帝国ホテルで」という部分は、帝国ホテルびいきで知られるキアヌ・リーブスのアドリブだったとか。
そして、もうひとつ。帝国ホテルのランドリーというと、私は、ある老紳士のことが忘れられない。その老紳士はニューヨーク在住で、年に一度か二度、来日して帝国ホテルに泊まるのだが、いつも膨大なシャツの山を持参してくる。もちろんそれらは、チェックイン後、直ちにランドリーに出すためである。
帝国ホテルは、1910年代にアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトに旧本館「ライト」館の設計を依頼したことで知られる。私はその取材をする過程で、当時の支配人の縁続きである老紳士と知り合った。しかし、亡くなられた老紳士の思い出というと、フランク・ロイド・ライトのエピソードよりも、彼のこんな台詞が思い出されてならない。
「なぜ帝国ホテルにわざわざシャツを持って来るかって。それは、ニューヨークにろくなクリーニング屋がないからだよ」
老紳士がチェックインすると、ランドリーでは、普段以上の臨戦態勢でシャツの山をお迎えしたという。そして、帝国ホテルのランドリー担当者と、この老紳士のことを話した時の言葉も忘れられない。
「ようやく、やり直しをしないでも満足していただけるようになったんですよ」
晴れやかな笑顔だった。
気難しいシャツ道楽の老紳士と、最高の技術と真摯な姿勢で応えるホテルスタッフ。そこに帝国ホテルの、なんとも帝国ホテルらしい「もてなし」のありようを見たような気がした。キアヌ・リーブスもそんな帝国ホテルだからこそのアドリブだったに違いない。