ふたを取った瞬間、模様を織り出した絹織物のような美しさに息をのむ。薄いピンクのコダイ、トビ色のアナゴ、朱色のエビに黄色い卵焼き、タイの白身から透ける、こげ茶色のキクラゲ。個性的な素材が綾をなす「箱ずし」は、大阪名物、「押しずし」のひとつである。

現在は日本でも、海外でも、すしといえば、酢と砂糖で味をつけたご飯に生の魚介をのせた「握りずし」を指すのがふつう。しかし、日本には実にさまざまなすしがあり、握りずしはそのひとつでしかない。そもそも、17世紀頃に酢が広まるまで、すしとは、魚に塩とご飯を加えて発酵させた「馴れずし」を意味するものだった。今日の、発酵させないすしの歴史は、意外に浅い。

発酵させないすしは、関西では、おもに「押しずし」として発展した。すし飯と下ごしらえした具を、型で押し固める。具には一種類の魚介を使うのが常識だったが、大阪・船場にある老舗『吉野すし』ではひと工夫こらし、複数の素材を組み合わせて芸術品のように美しい箱ずしをつくりあげた。1841年に三代目主人の吉野寅蔵が考案、現在は支配人の大山雄市さんが、その技と味を守る。

まず、型にすし飯を半分ほど入れ、甘辛く煮たシイタケの薄切りや、焼きノリを並べる。その上にすし飯を詰め、塩でしめたタイ、焼いたアナゴなどをのせて押しぶたをし、押さえる。型から出し、切りそろえてできた4種類の押しずしを、きれいに箱につめて出来上がり。

もちろん、味わいも握りずしとはかなり異なる。ひとつひとつ醤油をつけて食べる握りずしは、新鮮な魚介そのままの味を楽しむもの。何もつけずに食べられるよう、具とすし飯が調味されている箱ずしは、具とすし飯が一体化して生まれる風味に特徴がある。

「握りずしは、握ったものをその場で食べるファストフード。箱ずしは、その場で食べるものではなく、持ち帰って食べるものなんです」と大山さんが話すように、箱ずしは、ある程度保存がきくようにつくられている。できてから、24時間後まではおいしく食べられるという。

お店がある船場は、古くから商業の都として栄える大阪の中心地。きれいで味のよい箱ずしは、ちょっと気のきいた手土産として重宝され、昔も今も、ひいき客には商家の旦那衆が多いそうだ。ふたを開けたときと、口に入れたときの驚き。もらった人の喜ぶ顔が見えるようだ。

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