「人の役に立つ」ロボットの研究開発を推進するには、事業化が不可欠である。研究開発は、基礎研究からエンドユーザーによるその成果の実証、確認に至るまでの循環があって初めてうまく回転していくものであるからだ。
『HAL』については、国内外の多くの大企業から問い合わせや視察、研究者派遣が相次ぎ、その数は数百人を超えた。また、福祉施設や個人からも購入したい、使ってみたいという申し込みや問い合わせが殺到した。しかし『HAL』のような前例のないロボットシステムを運用する体制や法整備が未開拓であり、いざ事業化となると手を挙げる企業はなかった。そのため、当時やっと政策としても動き始めたばかりの「大学発ベンチャー」という形で、私たち自身が事業化に乗り出すことになり、2004年6月、「サイバーダイン株式会社」を設立した。現在は、基礎研究の成果を少しでも早く、より多くの方々へ届けるべく、世界企業となることを目指して猛烈な勢いで準備を整えているところである。
なお、身体機能を拡張するサイバニクスという考え方は、「外骨格」というシステムに限定されるわけではない。サイバニクスという分野は、研究開発すべき未開拓のテーマが山積みされた技術革新の宝庫であり、今後も人工心臓のシステムなど、対象となるシステムを次々に拡大していくことになろう。
最後に改めて、ロボット技術の軍事転用について触れておきたい。私は少年時代に、アイザック・アシモフの『I,Robot』(邦題『われはロボット』)というSFを読んで、ロボット開発者になることを決意した。その小説の中で紹介されている「ロボット工学3原則」の第1条には、「ロボットは人間に危害を加えてはならない」とある。テクノロジーは人の安全を保障し、さらに、人を守るものであってほしい。そう考えると、ロボット技術の軍事転用は悲しい現実である。科学者・研究者は、基礎研究を行う段階から、その技術が悪用されないような仕掛けや運用体制を、自分自身の倫理規定として考えておくべきであろう。「未来ビジョン」や「哲学」はその意味でも重要なのである。
私は小学校の文集に、「科学とは悪用すればこわいもの」と書いたことがある。その少年期の思いは、今も生き続けている。