大阪市阿倍野区にある料理と製菓の学校「エコール 辻 大阪」。日本全国からプロの料理人を目指す若者たちが集まるこの学校で、ひとりのアメリカ人が日本料理を学んでいる。
 アヴィ・ヤディン・スタンバーグさん(27歳)。魚に包丁を入れる姿は真剣そのものだ。
「日本料理は仕事が細かく丁寧です。料理を作るというより、料理に心をこめるんです」
 流暢な日本語で語るアヴィさんはアメリカ、デンバー市出身。高校生の頃、「将来は料理人になりたい」と決心し、学業のかたわら、さまざまなレストランでアルバイトをしていた。日本料理に出会ったのは大学3年生の時。たまたま両親と食事に出かけた寿司屋だった。
「板前さんを見て感動したんです。包丁を握って一瞬で魚をさばく。その動きの無駄のなさ、スムーズさに驚きました。他の国の料理人とは、根本的に何かが違うと感じたんです」
 思い立ったら即実行。アヴィさんは大学を休学して21歳で来日。そして知り合いのつてを頼り、山形県の料亭に入った。ところが、言葉はわからないし、日本文化についても無知だったため、コミュニケーションがうまく取れない。
「教えてもらったことがなかなか理解できず、簡単な仕事も間違えてばかりでした」
 あらためて、きちんと日本語を勉強しようと大阪へ。YMCAで1年間学んだ後、「エコール 辻 大阪」に入学したというわけである。授業は、夢に見た包丁さばきから。大根を回しながら薄くむいていく「かつらむき」などをひたすら繰り返してマスターしていく。
「見るのとやるのは大違い。日本料理の技術は、基礎からコツコツ積み上げる忍耐力が必要なんですね。忍耐から集中力が生まれ、そしてリラックスもできる。料理人の無駄のない動きはそれが原点なのだと気がつきました」
 さらにアヴィさんが感動したのは、季節感を演出する技の数々だった。例えば夏は氷を使ったり、冬はユズを松の葉のように細工切りして、料理の上に飾りつけたりする。「料理の品々すべてに意味がある」と驚いたそうである。
 先生たちの間でもアヴィさんは「非常に熱心」と評判だ。先生に何かを指導されると、必ず「なぜ?」とその理由を質問する。「彼に聞かれて、あらためて私たちもなぜ?と考えることもあるくらい」(橋本宣勝教授)で、先生たちにとってもアヴィさんへの指導は勉強になるらしい。
 休日には、器の勉強のために展覧会へ出かけたり、料理の盛り付けのヒントを得るために生け花や書道も習ったりしている。
「卒業したら、日本料理の店に就職したいです。そこでみっちり修業して、将来はアメリカかカナダで本物の日本料理を教えたいんです」
 そのためにも「細かく丁寧に」勉強したいとアヴィさん。料理は心。伝統は心構えで受け継がれる。

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