器を手に持って食べる文化
 左手で器を持ち、右手で箸を持って食べるのが、伝統的な日本の食事の仕方。器を手に持って食べる習慣は、世界的にみても珍しい。日本料理では、さまざまな形状や素材、大きさの器が用意されるのが特徴的だが、「このような日本の食器の独自性は、床に座って食べるという、古くから続く食事様式から生まれたものです」と、京都の料亭『菊乃井』のご主人、村田吉弘さんは語る。
 そして、日本の食器の最大の特徴は、手に持って使うように仕立ててあることだ。「床に置いた食器から料理を口元に運ぶ場合、スプーンだと食べ物の滞空時間がどうしても長くなります。それより食器を手に持って口元に近づけたほうが食べやすい。ここから、男女それぞれ別の大きさの食器を用意する、という文化が生まれたのだと思います」と村田さんは説明する。
 日本人の主食であるご飯を食べるための飯碗は、男性用は直径4寸(約12cm、女性用は3寸8分(約11cm)が基本とされている。しかし、実際は、人によって掌の大きさは違うので、この二つのサイズを基本として、さまざまな大きさの飯碗が作られている。
 飯碗同様、お茶を飲む湯呑みにも性別がある。男性用は直径2寸6分(約8cm、女性用は2寸4分(約7cm)が基本だ。さらに日本の家庭では、家族全員にそれぞれの飯碗と箸、湯呑みを用意しているのが一般的だ。父親の飯碗と箸で母親がご飯を食べることはなく、父親が子どもの飯碗と箸で食べることもない。それは、それぞれ使いやすい大きさが異なることから生まれた習慣なのだ。
 日本では子どもが成長する際、箸を毎年買い替えるということも伝統的に行われてきた。成長期の子どもの掌は毎年大きくなるので、箸の長さもそれに合わせて変えていく必要があるからだ。また、食器の素材も、陶器、磁器、漆器、木器、ガラス器といった種類があり、状況によって使い分けられる。たとえば飯碗なら、夏は表面がつるりとして指先に涼しげな感覚をもたらす磁器を、冬は手に温かい感触を与える陶器を使う。
 このように、「手に持って食べる」文化が日本人の器に対する繊細な感覚を生み、今日の器の多様性を育てたといえるのである。

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