近代における変化
 明治維新(1868年)の頃の日本人の体格は貧弱であった。近代国家の建設にあたっては、強壮な体をした工場労働者や兵士を育成することが必要であるとされた。国民の体位向上のためには、伝統的な食生活に欠如していた肉食や、牛乳を飲むことが役立つと考えられ、そのことを政府や知識人が奨励したのである。「すき焼き」など少数の例外を別にすると、伝統的な日本料理の技術にはなかった肉の料理法は、海外から学ぶことになり、そのお手本となったのが欧米料理であった。当時の日本は欧米文明をモデルとして近代化を目指していたからである。同じく箸を使用し、米を食べる中国や朝鮮半島の肉の料理法が普及するのは、20世紀中頃になってからのことである。
 新しい食品である肉の食べ方として外国料理が普及していく過程で、海外起源の料理が日本化する現象が起こった。米の飯に合うように味つけを変え、箸で食べられるよう、料理を変形したのである。また、醤油の味付けを好む日本人は、ウスターソースは西洋の醤油であると考え、洋食という日本化した欧米起源の料理には、醤油と同じようにウスターソースをかけて食べることをした。
 現在の日本の家庭で食べられる料理には、海外起源のものが多く、無国籍化した献立であるといわれる。しかし、それらは日本化した、新しい日本料理であるととらえるべきであろう。日本文化は海外の事物を積極的に取り入れて、それを変形し、自己のものとすることに巧みであるといわれる。料理においても、同じ現象が認められるのである。
 1960年代以来、日本人の米の消費量は減少する一方であり、この40年間に半分になってしまった。それは、食事における主食と副食の関係が逆転したことを意味する。過去における家庭の日常の基本的な献立は、「ご飯」と「おかず」一品、味噌汁などのスープ一品、それに漬物から構成されていた。何皿もの「おかず」が並ぶのは祭りや行事のときの食事だけであった。
 現在の家庭の夕食には、三品くらいの「おかず」が用意されるのが普通である。おいしい「おかず」の品数が多くなり、そのぶん「ご飯」を食べる量が少なくなり、米の消費量が減少したのである。
 経済成長の結果、神不在の祭りの食事を毎日楽しんでいるのが、現在の日本人である。

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