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日本三大祭りのひとつ、京都の祇園祭。毎年7月、お囃子が流れる中、豪華絢爛な装飾をほどこした「山鉾」と呼ばれる山車が京都市街をねり歩く。もともと869年に日本全国で疫病が流行した時に、その災厄を鎮めることを祈願したのが起源とされ、以来、千年以上にわたって日本の夏を彩る風物詩となっている。
その祇園祭で今年、カナダ人、アメリカ人、オーストラリア人など13名の外国人からなるボランティアグループが山鉾を曳いて注目を浴びた。史上初となる出来事。グループのリーダーがシャヒード・ルパニさん(35歳)だった。
「暑いし、つらいし、途中でトイレにも行けません。でも沿道のお客さんたちが拍手で応援してくれる。そのパワーで頑張れたんです」
シャヒードさんはアフリカ、ウガンダ生まれ。1歳の時に家族でカナダに移住し、トロント市で育った。大学では生物学を専攻、そのまま大学院に進もうと考えていた折、「日本が面白い」と知人に聞かされた。
「私はハリウッド映画に出てくる忍者が好きでした。忍者を探しに日本に行こうと決心したんです(笑)」
ワーキングホリデーのビザで来日。「忍者がいそうな」京都を訪れたが、忍者はいない。だが、シャヒードさんはその歴史を調べるうちに、京都で生活してみたいと思うようになった。
「忍者は映画のような暴力的な人ではなく、知性が高く、強さを内に秘めた生き方だとわかったんです。ますます憧れましたね。それに京都は自然も豊かで、人も親切。こんな住み心地のよい所はないですよ」
英会話学校に教職を得て、同時に日本語を学ぶ日々。そこで出会ったのが祇園祭だった。
「観光客としてでなく、お祭りに参加したいと思いました。私は京都の歴史の一部になりたかったんです」
祇園祭の山鉾は32基。それぞれ町内の保存会が維持管理しているが、人手不足のために曳き手は毎年ボランティアに頼っている。重さ12tの山鉾は曳き手の呼吸が合わなければ、曲がり角で転倒する危険もある。加えて、山鉾を曳く時は、携帯電話、カメラ、時計の類や、指輪などの宝飾品を身につけることは、一切禁止。山車を曳く神聖な綱をまたいでもいけない。曳き手にはさまざまなしきたりが決められているのだ。そこでシャヒードさんは外国人ボランティアたちに英語でこうアドバイスした。
「このお祭りは自分たちが目立つためのお祭りじゃない。京都のため、日本のため、みんなのためのお祭りだ」
彼の説明に全員が納得。見事、リーダーの大役をなし遂げた。
現在、京都市内の一軒家で夫人とふたり暮らし。将来の夢は?と問うと、「山鉾は一度曳くと、また曳きたくなります。いずれ32基の山鉾をすべて曳いてみたいです」
山鉾には、漆塗りや彫刻、精巧な金工のほか、ペルシャやトルコの絨毯や、インド刺繍なども装飾に使われている。祇園祭は、もともと異文化が混ざり合うお祭りでもあったのだ。外国からの助っ人、シャヒードさんの活躍で、祇園祭の古き良き伝統に、再び新しい血が注がれる。
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