|
「せともの」の名を全国に広げたやきものの町――瀬戸市 「瀬戸会場」を市の南部に置く瀬戸市は、緑豊かな丘陵に囲まれ、良質の陶土にも恵まれて、陶磁器の町として発展してきた。市街地の中心には、陶土で茶色く染まった瀬戸川が流れている。
古くからやきものが焼かれた瀬戸で、本格的な窯業が興ったのは、11世紀の半ばといわれる。その後、日用品から茶道具までたくさんの陶器が生産され、いつしか日本では陶器のことを「せともの」と呼ぶようになったほどだ。18世紀初頭になると、磁器の製法が九州から伝わり、せとものは全国に普及するようになる。
1878年のウィーン万博には、瀬戸の磁器(瀬戸染付)が出品され、金賞を獲得した。瀬戸の町は万博に少なからず縁があるのだ。
市内は実にのんびりした雰囲気。木造の古い長屋、奥に子どもたちが遊ぶ姿が見える路地、曲がりくねった坂道をゆっくり上るおばあちゃん。そして多くの煙突からやきものを焼く煙が立ち昇る。まるで古き良き日本が帰ってきたような風景だ。そして、市内各所には、この町ならではのものが見られる。深川神社の狛犬、法雲寺の梵鐘、さらには、陶祖公園内にある高さ4.1m、六角形の碑。これらはすべて陶製なのだ。さすがはやきものの町らしい。
また、山の斜面に焼成室がいくつも連なる登り窯「洞本業窯」をはじめ、やきものの歴史を伝える史蹟もいくつか残る。「窯垣の小径」は、窯場が密集した瀬戸焼の中心地、洞町地区にある。全長400m、幅1m80cmほどの狭くて細いなんでもない路地だが、昔は産業を支えた重要な道だった。「窯垣」とは、窯道具を積み上げた塀や壁のことで、この道を、陶磁器を運ぶ荷車や天秤棒を担いだ担ぎ手が往来したという。ここから、威勢のいい掛け声や陶器や磁器が触れ合う音が聞こえてくるようだ。
博物館やギャラリーも町のあちこちに点在する。その一つ、「マルチメディア伝承工芸館―瀬戸染付研修所―」は、瀬戸染付の今と昔に触れられる総合博物館だ。陶芸家の卵たちが絵付けをしたり、ろくろを回したりする様子を間近に見ることができて楽しい。
町全体がやきものに溢れる瀬戸。もちろん、気に入ったら店で買うこともできる。万博からちょっと足を延ばして、やきもの探索に出かけてみてはいかがだろうか。
|
| close |