豆腐は、日本人の食卓に欠かせない食品である。19世紀後半まで宗教上の理由から公式には肉食を禁じられていたため、豆腐は手軽に入手できる高たんぱく源として、日々の暮らしに欠かせない食品だった。今でも、全国津々浦々、豆腐屋のない町はありえないほどである。
 豆腐の主材料は大豆。乾燥した大豆に水を含ませてすりつぶす。それに水を加えて濾したものが、ミルク状の「豆乳」である。豆乳を加熱し、凝固材ににがり(塩化マグネシウム)や石膏(硫酸カルシウム)を入れて固めたものが豆腐である。豆腐の成分の9割近くは水分であり、その風味の優劣は大豆の品質とともに、水の性質からも大きく影響を受ける。
 地下に伏流水が豊かに流れる京都は、昔から水のいい土地として知られるところだ。豆腐は17世紀頃に専門店が現れ、庶民の食べ物として普及していったが、それ以前は主として寺院で作られていた。そのため、寺院が多く、水のいい京都で豆腐が名物となったのである。1697年に出版された料理と薬草の百科事典『本朝食鑑』でも、「京都の製品は脆く柔らかく、その白さはまるで雪のようである」とその繊細な風味を絶賛されている。
 豆腐は良質の植物性たんぱく質に富み、その淡泊な風味から様々な料理に応用可能で、味噌汁や鍋物の具として庶民の食卓に登場する頻度も高い。しかし豆腐そのものの繊細な風味を味わうなら、やはりシンプルな料理が一番である。夏なら、冷やした豆腐に、おろしショウガやネギの小口切りなどの薬味と醤油をかけて食べる「冷奴」。また、寒い時期なら、「湯豆腐」がおすすめだ。
 湯豆腐は、水を満たした鍋に昆布と適当な大きさに切った豆腐を入れて加熱し、醤油や、だし醤油などをつけていただくもの。簡単な料理として家庭でもお馴染みだが、京都では湯豆腐専門店も多く存在する。
 京都市北西部の嵯峨野は、水のいいところとして京都の中でも特に知られる地区だ。この一帯では古くから豆腐作りが盛んで、嵯峨釈迦堂(清涼寺)のそばに立つ森嘉は、1860年頃から続く豆腐の老舗である。
 その森嘉の豆腐で作る湯豆腐が食べられる、天龍寺の塔頭、妙智院の中にある湯豆腐専門店、西山艸堂に、今回の調理をお願いした。この店の庭に面した座敷で、吹き抜ける清涼な空気と共に楽しむ豆腐料理は、また格別である。
 豆腐は、手を加えなくてもそのまま食べられる調理済みの食品。湯豆腐を楽しむ時も、煮過ぎるのは禁物だ。熱くて舌を火傷しやすいだけではなく、豆腐の風味も失われる。豆腐全体がほんのり温まった頃合を見はからって取り分けるのが、おいしくいただくコツである。

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