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「門の連続で忙しく到着と出発が繰り返され、その間に変化を与える色が情動的な衝撃を加える。ちょうど春の沸き上がる活力が人間の脈拍と共鳴するように、溢れる赤に補色となる緑が共鳴する……」(『日本建築における光と影』櫻井義夫訳)
アメリカの建築家ヘンリィ・プラマーは、伏見稲荷大社の神秘的な美しさをこう表現している。全国に3万余りもある稲荷神社の総本社であり、京都でもっとも古い神社のひとつである伏見稲荷大社には、キツネが祀られている。その像は境内に数多く見られ、神の使いであり、守り神でもあることが強く感じられる。
古来、日本は中国の影響を強く受けてきた。さまざまな鳥獣が神の使い、あるいは神そのものとして崇められてきたが、そのひとつがキツネなのである。彼らは野ネズミを退治して稲田を守るということから、神の座を射止めた、とされる。実際、キツネは野ウサギや小鳥、果実などさまざまなものを食べるが、主食は野ネズミである。ある調査によれば、キツネの食物のうち69%が野ネズミで、野ウサギは20%、果実などの植物質は10%、その他は昆虫などであった。まさに田んぼの守り神といえよう。
キツネが野ネズミを捕らえる狩りの方法は少し変わっていて、草の茂みに野ネズミの音を聞きつけると、耳でその位置をかなり正確に突き止める。イヌ科の動物にも拘わらず、嗅覚ではなく聴覚で獲物を探りあてるのだ。そして、野ネズミの真上に高くジャンプし、着地の際に前足で押さえつけ、それと同時に咬みつく。攻撃に失敗すると、捕れるまで何回もジャンプを繰り返す。
4月頃からキツネは子育てに忙しくなり、せっせと野ネズミを捕らえ、胃袋に入れて巣に運ぶようになる。この時期のキツネの食べ物は、100%といえるほど、野ネズミばかりだ。野ネズミの個体数は、厳しい冬を乗り切ったものが繁殖活動に入ったばかりで、一年でもっとも少ない頃。だから、キツネの狩りの技術は相当なものだと思いたくなるが、実のところあまりうまくはない。10回のジャンプで、成功するのは1回に過ぎないとか……。キツネは猛烈な努力をして狩りの成果を上げているのだ。
だがなぜか、野ネズミが増えてくる6、7月に入ると、キツネの野ネズミ狩りの成績がグーンと落ちてくる。キツネは多産で、ふつう4〜6頭、多い時には13頭もの子を産む。そのたくさんの子ギツネが離乳する時期だから、もっと食べ物が欲しいはずなのに、である。子どもたちの腹を満たすのは容易でなく、夜行性の度合いの強いキツネも真っ昼間から狩りをしている。成績の低下は、努力しなくなったから、というわけでもないのだ。
その理由はこう考えられている。初夏になると草は丈を伸ばし密生してくる。草むらで動けば、キツネは自分で音を立ててしまい、獲物の位置が測りにくい。それに加えて風だ。風に草がそよげば、かすかでも葉音が立つ。これがキツネの聴覚を邪魔しているらしいのである。
昔の人は、キツネが野ネズミを捕食すること、しかも主食としていたらしいことまで知っていた。キツネは農民から尊ばれ、重要視されてきた。稲荷神社に神の使いとして祀られるようになったのも、うなずける話だ。
ところで、稲荷神社で忘れてはならないものに、キツネの大好物といわれる「油揚げ」がある。稲荷神社のお供え物の代表ともいえる、豆腐を油で揚げたこの食べ物、そもそもはネズミの代わりに供えられたものだとか。
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