コルネック・ピエーリヴさん(25歳)は、「鏡味仙右衛門」を名乗り、江戸太神楽の世界で活躍する若き芸人である。
 江戸太神楽とは、古くから伝わる日本の民俗芸能。日本式の曲芸で、欧米のジャグリングに近い。もともとは、神に歌や踊りを捧げる「神楽」の一種で、祭礼時に行われたが、時代とともに神事や祭りから離れ、曲芸を中心とした演芸として受け継がれてきた。
 何本もの撥を宙に投げては、いとも簡単に受け取る。傘の上で毬を回す。撥を顎にのせ、その上に茶碗や板を積み上げる――。その見事な技の数々に見とれた観衆は、思わず拍手を送るのだ。
 「江戸太神楽には美しさがあります。着物姿はもちろん、手の動き、音楽、口上、すべてがひとつになって、まるで小さなサーカスなんです」
 コルネックさんはフランス、アングレーム市生まれ。幼少期から大道芸に憧れ、18歳でパリのサーカス学校に入学した。専攻はジャグリング。練習のかたわら、古今東西の専門書を研究する中で、日本の江戸太神楽を知った。
 「浮世絵に、江戸太神楽の道具のひとつである花籠が描かれていたんです。あまりの美しさに、実物を見てみたいと思ったんです」
 サーカス学校に留学していた日本人女性と知り合い、彼女とともに来日。コルネックさんが20歳の時だった。来日するとすぐに、江戸太神楽の公演会場に駆けつけ、通いつめて、弟子入りを志願した。「何より稽古熱心。夢中になって練習するから覚えるのも早いです」とは師匠で家元、鏡味小仙さんの弁。みるみるうちに技も修得し、公演でも一躍人気者となった。何しろ彼は、この世界では初の外国人芸人だ。
 「日本のお客さんは優しいです。ちょっと失敗したなと思っても拍手をくれる。でも優しいからこそ、しっかりやらなくちゃと肝に銘じているんです」
 現在、都内のアパートでひとり暮らし。週2回の稽古は決して休まず、加えて毎日、公園や自宅で練習を欠かさない。1日でも休むと、たちまち腕が落ちてしまうのだと言う。
 公演する場所は、学校から老人ホーム、居酒屋、会社のパーティまでさまざま。190p近い長身は、舞台が狭すぎて、立って演じる芸も、コルネックさんだけは正座して演じなければならないこともある。日本に来るまで正座をしたことがなかった彼にとって、これも修業のひとつだ。
 「欧米のジャグリングと違って、江戸太神楽は腰を使ってバランスを取ります。だから腰と首が疲れます」
 さらに難関は日本語。江戸太神楽は芸を演じながら、お客さんにその芸を解説するという特徴がある。
 「僕が大切にしたいのは、雰囲気なんです。お客さんとのコミュニケーションもそうですが、演じている仲間同士でも楽しくしていたい。自分ひとりだけ芸を磨いてもダメ。みんなで一緒にレベルアップしないと本物の江戸太神楽にはならないと思います。つまり、『和の心』が大事なんです」
 コルネックさんの将来の夢は、江戸太神楽をヨーロッパに広めることだと言う。そのために来年からは日本語学校に通い、芸にも通じる日本語を修得する予定である。

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