日本の65歳以上人口は2363万人、全人口1億2744万人のうち18.5%を占め、世界最高水準となった(2002年10月時点)。人口の高齢化の背景にあるのは、死亡率の低下、少子化、長寿化の3つの人口学的な変化だ。第2次世界大戦後まもなく、医療を含む生活環境が向上して急速な死亡率低下を実現、2000年には乳幼児死亡率は0.32%、40歳までの生存率も1960年までには93%と、ほとんどの人は生まれたら成長できる時代になった。寿命も延び続け、100歳以上の高齢者数は1960年に144人、40年後の2000年には1万2256人まで増加。日本は、たくさんの世代が重なる多世代共存社会になった。そして65歳以上人口は既に15歳以下人口を超え、「生涯現役」と逞しい掛け声があがる。
 この間、人々は多様なライフスタイルを試み、結婚する・しないも個人の意志選択の一つということか未婚者が急増。男子未婚率は社会の存続に致命的な打撃を与えるといわれるほど上昇した。子ども数も減少の一途をたどり、先進諸国間では1、2を争う、子どもの生まれない国になっている。子ども数の減少はきょうだい関係や伯父・伯母といった親族関係にも決定的な影響を及ぼし、家族関係は縦に長いひょろりとした形になって頼りない。親子関係は運命共同体の様相を一層強めた。一人暮らし世帯も急増している。フリーター(正業に就かず、パートタイム労働などをする人)の比率は、高校・大学の両新卒者の30%以上を占める。フリーターの中には意識的に就職しない者がいるとはいえ、社会における若者層の相対的な不遇が際立つ。そして社会保障給付費全体に占める高齢者関連給付費は70%近くに膨らみ、世代間の利害衝突を煽っている。
 だが、ついこの前までの日本はそうではなかった。第2次世界大戦後の目覚しい技術革新投資によって国際競争力を高め、経済発展を達成し、社会の中核を若壮年が支えていた。結婚するのが当然と考えられる社会の中で、ほとんどの人が適齢期に結婚した。そうして形成された家族は優秀な労働力を次々に社会に送り出し、「社会保障の含み資産」とまでいわれ、高齢者の扶養役割を引き受けた。若い世代は上の世代を見て育ち、仕事は継承され、価値も受け継がれ、年寄りは次世代に未来を託し安心して老いていけたのだ。変化はあまりに急速に訪れ、多くの人はとまどいを隠せない。
 このような事態を乗り切るための政策は大きく3つある。長く延びた高齢期を活力あふれる豊かなものにしようという長寿化対策、子どもを持つことに夢を描ける社会にし、高齢化の原因を取り除こうとする少子化への対策、人口の高齢化による社会変化に対応した高齢化対策、以上の3点である。これらは政府、地域、非営利組織などさまざまなレベルで進められ、新しい試みも次々と実践されている。
 そして今、我々日本人に残された課題と挑戦。それは「人類が長いこと夢に描いた長寿を実現し、人々が志向したライフスタイルの多様化を実践できる社会、それを良い社会になったものだと心から喜び合おう」という新たな価値の創造である。社会変化を経てなお、経済成長や、かつてと同じ世代間関係や家族のあり方を望んでいるとしたら、それは大きな間違いだ。社会も地域も家族も個人も、その間違いにそれぞれのレベルで気づくことが大切なのだ。その上で、誰が、どのような形で、日本の美しい伝統や文化を新しい社会の中に息づかせていくかを議論すべきである。
 高齢世代は果敢な挑戦をする世代になるかもしれない。あるいは、若者世代が伝統を守る世代になるかもしれない。いずれにしても、これからは新しい世界を生きるのだという新鮮な驚きと覚悟を共有し、柔軟な頭で立ち向かい、他の誰でもない日本人というアイデンティティを、築いていくべきなのではないだろうか。

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