日本の代表的な古典芸能の一つである文楽は、約300年の歴史を持つ人形芝居だ。物語を語る「大夫」、音楽を奏でる「三味線」、1体の人形を3人で操る「人形遣い」が全てひとつとなり、親子や男女の情を描く物語空間へと観客を引きずりこむ。そんな文楽の世界で、若き実力派の大夫として高い評価を受けているのが、豊竹咲甫大夫さん(28歳)だ。
「私は文楽三味線の家に生まれたんですが、そういう環境にあったためか、8歳のときに自分から『大夫をやりたい』と言って、師匠のもとに師事したんです。初舞台は10歳で、その頃すでに文楽の世界でこれから一生を生きていこうと思っていました。プロとしての意識があったということですね。ですから、子どもの頃から私にとっては文楽しかありませんし、それ以外の仕事などまったく考えたこともないんです」
 その言葉どおり、咲甫大夫さんの予定は文楽に関わる仕事でぎっちり詰まっている。なにしろ、最低でも年間250日、通算400ステージ以上の舞台をこなし、それ以外に、次の舞台の稽古や床本(台本)書き、原稿執筆、さらに、海外公演やマスコミの取材に追われる日々。「2002年は、完全に休みの日はたったの2日だけ」というほどで、そんな多忙な生活をもう10年も続けているという。
「おかげさまで、日本の古典芸能ということで興味を持っていただけるのか、このところ海外公演も多いんです。2002年はブラジルやスウェーデン、そしてメキシコでは演劇祭にも招待されました。また、ドイツやフランスでも反響が大きく、日本では考えられませんが、スタンディング・オベーションされるんですよ。文楽は世界に通じる舞台芸術なんだ、もっと自信をもって世界に出ていくべきなんだなと、改めて思いましたね」
 文楽が世界的に評価される芸術であることは、2003年10月にユネスコの世界無形遺産条約の暫定リストに挙げられたことからもよくわかる。
「大阪で生まれた芸能が日本の宝になり、それが世界人類の宝になったということで、その時代に生きていることを幸せに思っています。そのぶん責任が重くなったと感じています。これからも日本の素晴らしい文化を堂々と世界に伝えていきたいですね」

close