ロバート・ネフさん(56歳)はジャーナリスト。アメリカの経済誌『ビジネス・ウィーク』東京支局の編集者として、これまで数多くの政治・経済記事を書き続けてきた。
 ところが、彼には風変わりな著書がある。タイトルは『JAPAN’S HIDDEN HOT SPRINGS』。「秘湯」と呼ばれる、日本人にもあまり知られていない山里や山中にある温泉の英語版ガイドブックだ。
「来日する人たちから、日本の温泉についての問い合わせが相次いだことが、この本を著したきっかけです。自然に囲まれ、ゆったりと湯にひたる。そんな温泉を紹介しました。日本の“ひなびた”温泉は最高ですよ」
 ネフさんは、アメリカ合衆国ミズーリ州生まれ。13歳の時、宣教師の父親に連れられ、日本に移り住んだ。来日2カ月後、神奈川県の箱根へ家族旅行。これが最初の温泉体験だった。
「更衣室に入ったら、女性が3人、素っ裸で立っていたんです。もうショックで、恥ずかしくて、その場から逃げ出しました。だって混浴だなんてこと知りませんでしたからね」
 当時、日本の温泉には混浴が多かったのだ。しかし、「ショック」が「興味」に変わったのは高校生の時。通っていたアメリカンスクールと静岡県の高校の交流会で、伊豆の温泉に入った。田んぼの中にポツンと立つ、地元の人々が利用する温泉だった。
「近所の家族の人たちが、温泉に入りながら、農業のことや普段の生活の話をしている。アメリカでは考えられない“裸の近所づきあい”です。温泉とは日本人の社交の場。日本文化の素晴らしさに気づいたんです」
 大学進学のため、ネフさんはいったん帰国。大学院を修了後、「日本に戻りたい」との一念でジャーナリストを目指す。海外駐在の可能性があるからだ。1979年、念願かなって、『ビジネス・ウィーク』誌の東京特派員として再来日。32歳のことだった。
「日本は、あっという間にコンクリートや自動販売機ばかりの国に変貌していました。僕が恋に落ちた、素朴な風景のある日本はどこにいってしまったんだ、と思いました。唯一、残されていた場所が“秘湯”だったわけです」
 木造の家屋、緑豊かな大自然。人里離れた温泉には、昔ながらの「日本」の姿があるはず。ネフさんは、忙しい仕事のかたわら、テレビ番組や雑誌などをくまなく調べ、全国各地へと秘湯探しの旅に出かけた。以来約20年。これまで訪れた温泉は200カ所以上にも及ぶ。
「秘湯の温泉旅館に泊まると、地元の素材を使う料理、そして主人たちのあたたかい“おもてなし”があります。これが僕の宝物なんです」
 ネフさんが愛するのは、日本人の古き良き「ぬくもり」なのである。
 現在、妻のフミ子さんと神奈川県の瀟洒な家でふたり暮らし。ネフさんは自宅でも、お気に入りの浴衣を着て生活している。これからも、温泉を巡りながら、日本に骨を埋めるつもりだと微笑んだ。

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