力強く、しなやかな動き。日本舞踊を学んで2年になるサミュエル・ンフォ・ングアさん(33歳)の舞は粗削りながら、実に魅力的だ。
 「まだまだ稽古が足りません。日本の伝統文化は奥が深いから、そんな簡単にはマスターできませんよ」
 サミュエルさんはカメルーン、バメンダ市生まれ。ヤウンデ大学で英語を学び、大学院では演劇を専攻した。カメルーンでは演劇とはエンターテインメントではなく「教育」の一環。人びとに社会問題や人権、環境保護などを啓蒙するための手段である。サミュエルさんは大学院修了後、高校で英語教師をしながら友人らと劇団を結成し、カメルーン各地で教育のための演劇活動を続けていた。
 日本文化との出会いは、カメルーンで毎年開かれる「カメルーン・インターナショナル・シアター・フェスティバル」でのこと。そこで日本から参加していた「能」「狂言」「歌舞伎」といった伝統芸能を知ったのである。
 「私たちのやってきた演劇とまるで違うのに驚きました。私たちの演劇はまず伝えるべきテーマがあり、それに沿ってストーリーを展開させるものです。ところが能や狂言はテーマやストーリーではなくて、細かい感情をつなげるだけで何かを表現するんです。感情も直接表現するのではなく、心の内からにじみ出るように表す。これは面白い。もっと学んでみたいと思いました」
 2000年8月、念願かなってサミュエルさんは国際演劇協会の招きで来日。3カ月間、野村万之丞氏のもとで狂言を学んだ。以後、文化庁の奨学生などとして足かけ2年にわたり、狂言、日本舞踊などを研究している。現在は東京都大田区の正派市山流(日本舞踊の流派の一つ)で修業中だ。師匠の市山喜美栄さんによれば「リズム感が素晴らしい。彼は日本人独特の“間”の中に入れるんです」と高い評価。着物にもすっかり慣れ、稽古場でも「サム」の愛称で皆に親しまれている。地域の夏の盆踊りでも、師匠とともに、日本人に踊りの指導をするほどの腕前である。
 「日本人は礼儀正しく、会話をする時も内容より親密な感情を第一にしますね。相手の言うことがよくわからなくても“フムフム”と聞いて流れを大切にする。伝統文化の特徴と何か関係あるかもしれませんね」
 現在、都内のアパートにひとり暮らし。日本舞踊の稽古のかたわら、日本の現代演劇の公演にも参加している。ゆくゆくは、カメルーンと日本の演劇交流をすることが夢だ。
 「日本の伝統的な舞は、体全体をバランスよく動かし、発声の方法も多様です。つまり日本の舞を学ぶと、自然に俳優の基本トレーニングになるんです。その意味でもカメルーンにぜひ、伝えたいですね」
 異文化は交わって「力」となる。演劇を通じて両国が応援し合えるようになりたい、とサミュエルさんは願っている。

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