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巧みな仕事が光る江戸料理の伝統を残したい
八百善 十代目当主 栗山善四郎さん
江戸料理の最大の特色は、献立の種類がとても多いことだという。1717年創業の八百善には、5000種を超える献立とその調理法が伝わっているのだそうだ。「江戸料理に種類が多いのは、江戸の料理屋が、高級な接待の場所として発展してきたからなんでしょうね」と、現当主の栗山善四郎さんは言う。
首都・江戸には、各地方を治めていた藩の江戸屋敷(公邸)が集まっていた。公邸の重役たちは幕府や他の藩の重役たちと交渉する場所として、頻繁に料理屋を利用した。そのために高級な料理店は大いに繁盛したというわけだ。
「お金はいくらかかってもいいから、お客様を満足させてくれ、頼むよ。というので、江戸の料理屋は腕を競い、工夫を重ねたんだと思いますね」
接待される客に、いつも新鮮な驚きを提供しなければならない。それが、江戸の料理人の仕事の巧みさを作っていった。
いい鯛が入ったとしよう。鯛の味を生かすよう、刺身や塩焼きで出すこともできる。しかし、江戸の料理人たちはそれで満足せず、幾重にも仕事を重ねた。たとえば「松皮しんじょ」。鯛の皮を薄くはいでおく。身はすり身にして下味をつけ、鯛の切り身に似せた形にして蒸す。その上に火で焙った皮を被せて出した。
客は、一見、鯛の塩焼きかと思う。だが、箸をつけると違うことがわかり、手の込んだ仕事に驚くのだ。
もちろん、素材にもこだわった。八百善では、客からお茶づけを所望されたとき、いい水でお茶を入れようと馬を出し、わざわざ100kmも離れた奥多摩の清流まで水を汲みに行かせた、という逸話があるほどだ。冬にも夏野菜が出せるようにと、温暖な伊豆沖の新島でウリやナスなどの栽培を依託した。わずか3cmばかりの白魚は、メスは苦みがあるからとオスだけ選ばせて仕入れる。そんな努力もしてきた。
「正統的な江戸料理の伝統を継いでいるのは、今では八百善だけじゃないでしょうか。その文化や技術を後世に残していくためにも踏ん張らなければと考えているんですよ」
こうした思いを胸に、栗山さんは、料理教室の開催や料理本の出版なども積極的に行っている。
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