地下街の演出
 1950年代から60年代にかけて、北尾の予見は現実のものになる。市が出資した大阪地下街株式会社が、難波や梅田のターミナル、千日前や阿倍野の繁華街、中之島や堂島のオフィス街などの地下に、つぎつぎと新しい街を誕生させてゆく。高度経済成長とともにますます高層化した都市は、複雑な地下茎で結ばれるようになった。
 90年代になってからも京橋コムズガーデン、ディアモール大阪、クリスタ長堀と、新しい地下の商店街が生まれる。かくして大阪は、飲食店と物販店が多数軒を並べる東洋有数の巨大な「地下都市」を手にすることになる。
 その特徴の第一は迷路性にある。いくつもの地下通路、百貨店やオフィスビルの地下売り場、新たに建設された地下街などが複雑に連絡しあうことで、地下街は網の目のように広がった。地図や案内板がなければ、はじめて訪問した人は自分の居場所がすぐにわからなくなる。その複雑さと変化が、ショッピングの楽しさを生み出す源となった。
 地下街の設計者たちは、楽しく買い物をできるような工夫を重ねた。まず個性的な広場を随所に設けて休憩所とした。たとえばトレビの泉を模倣し、流れ落ちる噴水を用意したところもある。また「阪急三番街」では、循環する水の流れをうまく使って、地下に人工の川を造りこんだ。
 面白いオブジェを置く場合もある。最も著名な例は、実物のロケットを天にそびえ立たせた「なんばCITY」の広場だろう。また足下から高く吹きあがる水幕に、大きな虹を投影したところもあった。

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