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立体化する都市
20世紀にあって建築技術を進歩させた人類は、大都市に人工の土地を多く生み出そうとした。超高層ビルを造り出しオフィスや住まいとし、また地下にまで街を築きだした。私たちは都市を立体化させることで、効率よく高度に土地を利用することに成功した。
東洋で最初に地下通路に売店を設けた例は、1930年の4月、東京・上野駅の「地下鉄ストア」である。経営者は通勤者など利用者の便利をはかることを第一に考え、日用品を安く販売する店と大衆向けの食堂を開設した。
大阪でも同じ頃、地下鉄難波駅の構内に地下商店街を建設しようとしたが、客を奪われると考えた地上の商店街から反対運動があり実現しない。その後、1940年頃、阪神電車の梅田地下駅、地下鉄梅田駅、阪急デパートの地下売り場などを連絡する一大地下道が完成、巨大な地下都市の原型が誕生する。
著名なジャーナリストである北尾鐐之助は1942年、「地下大阪」という文章を発表、大阪の地下街ほど「無秩序、無統制で、思いのまま勝手な方向に交錯している」ところはないと書いている。鉄道会社や百貨店が、独自の案内板を勝手気ままに設置するので、混乱していたということだ。さらに北尾は、未来にはすべての施設が地下でつながり、大阪の街が「そっくり地下にかくれ去るような世界が来ないともかぎらない」と述べている。
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