文楽は、武士の説話や庶民の間に起こった実話を題材にした人形劇。華やかな衣装をまとった人形が演じる舞台は、まるで一枚の絵のように美しい。しかし対照的に、物語は悲しいものばかりだ。報われない愛を追う女の一途さや、主のために死を選んだ子どもの忠誠心を誉めながらも、ひっそりと泣く武士の苦悩など、人生の不条理に対する葛藤を描いている。
 人形を操る「人形遣い」の若手として活躍する吉田玉翔さん(27歳)は、18歳の時、人間国宝の吉田玉男さんに入門し、文楽協会の技芸員となった。
「太夫、三味線、人形遣いが三位一体となった文楽の素晴らしさを、次の世代へ受け継ぎたい。そして多くの方に観ていただきたいです」
 文楽はもともと、師弟制度によって受け継がれてきたが、1972年、国立劇場で後継者を養成する制度に変わった。現在は、研修生として2年間の授業を受けると、正式に技芸員として認められる。研修を終えると、師匠の門下に入門。そこからの修業は、手取り足取り教えてくれるわけではなく、師匠の芸を見よう見まねで覚えていく、という昔ながらのやり方だ。
 人形は1体を3人の人形遣いで操作する。首と右手、左手のみ、両足にそれぞれ一人ずつ担当がつく。若手は誰でも両足の担当から始まり、玉翔さんも現在、“足”に取り組んでいる。
「左手と両足は首と肩の微妙な動きを感じ取り、それについていきます。3人が一体になると人形の動きが滑らかで、人間より人間らしく見えることもあります。師匠が首と右手の時は、人形を通じて師匠の体の一部になることを肌で感じますね。勉強になります」
 さらに日々の心構えが大切だと言う。
「いつ足以外の大役が回ってくるかもしれません。その時になって慌てないよう、今できる準備だけはしているつもりです」

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