歌舞伎俳優養成所
文●徳永京子 写真●山本潮
一家の中で芸を受け継ぐのが歌舞伎の伝統だが、1969年、幅広い層からの人材育成を目指し、国立劇場につくられた。期間は2年、1年おきに数名が募集される。合格すると授業料は無料で、卒業後は歌舞伎俳優への道が開かれる。

 東京の中心部、皇居のお堀に面した国立劇場。そこに週5回、6人の若者が集まってくる。彼らは、歌舞伎俳優を目指す、歌舞伎俳優養成所の第17期の生徒たち。同期の年齢は、一番下が16歳、上は24歳と幅広い。
 歌舞伎俳優になるには、現在、三つの方法がある。一つは歌舞伎俳優の家に男子として生まれること。二つめは歌舞伎俳優の弟子になること。そしてもう一つが養成所に入学することだ。
歌舞伎では、基礎として、日本舞踊や長唄、三味線などの伝統芸能の素養が必要とされる。歌舞伎俳優の家に生まれれば、幼い頃から訓練を受け、また子役として舞台に立ちながら芸を修得できる。しかし、一般家庭の子どもは弟子につくか、養成所に入学する以外、歌舞伎俳優になる方法がない。
 養成所では、発音や発声、化粧の仕方、踊りや体操、音楽の実技など実践に即した授業が行われ、卒業後すぐに舞台に立てるよう俳優を育成している。今や卒業生は歌舞伎役者として欠かせない存在になっており、大きな役につく先輩も出てくるようになった。
 では、若者が養成所を目指すきっかけとは、どんなものなのだろうか。
 生徒の中には、子どもの頃から日本舞踊を習っていたなど、入学前から歌舞伎に興味のあった生徒もいる。しかし、「演劇や自主制作映画で自由な表現活動をしていたが、正反対の古典の表現にひかれた」「日本人なのに歌舞伎を全く知らないので、身をもって知ろうと思った」というほとんど知識のなかった生徒も実は多い。そしてその誰もが、「知らなかったことを学ぶのは楽しい」と言うのだ。
 どの生徒も、頭の中は歌舞伎のことでいっぱいのようだ。授業ではもちろん、休憩時間でさえ、まるで人気のテレビ番組の話でもするように、歌舞伎の登場人物について語り続ける。その姿は、同年代の若者が好きなスポーツや音楽にのめりこむのと少しも変わらない。近い将来、伝統と格式を重んじる歌舞伎の世界に風穴を開けるような若者が、この養成所から生まれるのを楽しみに待ちたい。

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