房総半島と三浦半島に囲まれた東京湾。東京や横浜などの大都市を背景に、世界最大の工業地帯が広がり、また物流の基地として多くの港が集中している。しかしこの海湾は、19世紀半ばまで豊かな漁場として、江戸(現在の東京)に活きの良い魚をたくさん供給してきた。そして今も、ハゼにスズキ、コハダ、キス、シャコなど魚介の種類も豊富で、しかもさまざまな漁法が見られる。
 東京都大田区、羽田空港のすぐ脇に住む伊東俊次さん(67歳)は、祖父の代から数えて三代目の漁師で、15歳から漁船に乗り始めた。夏はアサリ、冬はカレイ。そして年間を通じて行うのがアナゴ漁だ。  アナゴはウナギに似た細長い魚で、その名は「穴の子」に由来する。昼は海底の穴で眠り、夜になると穴から顔を出してエサを食べる魚だ。漁法もその習性を利用した仕掛け漁である。
 午前10時。伊東さんは自宅近くの船着場で 「アナゴ筒」と呼ばれる仕掛けの準備に取りかかる。筒は直径10cmのビニール管。表面には「水抜き孔」という小さな穴がたくさんあいていて、稚魚が逃げられるように工夫してある。中にエサの冷凍イワシを入れて円錐形のフタをする。アナゴは細くなったフタの先を通って筒の中には入れるが、外へは出られない仕掛けになっている。夜の間、海底に沈めておけば、イワシの匂いに呼び寄せられたアナゴが中に入り、筒から出られなくなるというわけだ。仕掛けはすべて漁師たちの手作り。人により微妙に違いが出るという。

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