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特集
コメが魚食を育てた
温暖化が峠を越え海面も下がり始めると、日本では四季が鮮明になり、魚にも旬の味が加わり、サシミのうまさは一段と増した。そして、およそ2300年前、アジア大陸からの多くの人びとの渡来が始まる。稲作と鉄の道具という新しい文化をもった人びとが、日本列島に広がっていったが、縄文時代からの魚を捕って食べる習慣は続けられたのである。弥生時代の到来である。
しかも新しい文化はコメ作りを中心とするものだったことが、日本人の魚食を一段と育むことになった。米飯はさまざまな食材とともに口の中で味わうのが特徴であり、獣肉より魚肉のほうが軟らかく米食に適していたとも考えられる。ついには魚に合う日本酒も登場し、コメと魚との仲は切っても切れないものとなった。
庶民の生活の中にも魚は根付いた。七福神の恵比須さんは漁業の守護神とされ、コメを守る大黒さんとともに台所に祀られた。お祝いにはタイやハマグリが用いられ、地方地方での特徴ある魚食の知恵が花を咲かせた。俳句や絵画にも取り入れられ、大衆芸能の落語にも登場して人びとの心を豊かにした。魚は今や日本人にとっての「文化」である。もはや日本人の生活から除くことのできないパートナーといえよう。
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