排気量1000ccの日本車がアメリカのフリーウェイを初めて走った時、ドライバーはアクセルを目一杯に踏んでもスピードが上がらず、高速で疾走する車の流れに乗れなかった。エンジンからはとてつもなく大きな騒音が発生し、運転席と助手席の会話ですら叫び声に近かった。やっとのことで流れに入ることができた途端、今度はハンドルがガタガタと小刻みに震え始めた。それは次第に激しくなり、やがてハンドルを持っていられなくなるほどに車体が揺れだし、突然ドライバーの視界が塞がれた。激しい振動でボンネットのフックが外れて、フロントグラスの前にめくれ上がったのである。エンジンと車体が共振して起きる「家鳴り騒動」という恐怖の現象であった。
 小さな排気量からパワフルな力を引き出すには、エンジンを高速で回転させる必要がある。高速で回せば激しい騒音が出る。大型車のように空間に余裕があれば、室内を遮音材で覆ってしまえばすむことだが、小型車ではそうはいかない。高速で静粛なエンジンを新たに開発しなければならないのは当然としても、問題はそれだけでは済まない。共振を起こさない車体をどうやって設計するか。日本人技術者は地道な実験を繰り返し、試行錯誤を重ね、改良に改良を加えて、大型車に勝るとも劣らない小型車を作り上げていった。
 この仕事に従事した技術者に会って、話を聞いたことがある。その一人が語った言葉を私は今も忘れることができない。「私達の成功は“四畳半の精神”によるものでした。小型車の開発では、何かを一つドカンとやれば全て解決というわけにはいきません。こまごまとしたことを一つひとつ地道に解決して、その総和として結果が出るのです。日本人は四畳半の限界を徹底的に極めることで、快適な暮らしを工夫してきました。私達は“小型車で大型車並みの居住性を実現する”という目標を掲げて、それを妨げる問題を忍耐強く一つひとつ潰して、結果にたどり着いたのです」
 半導体産業の取材をしていた時にも似たような体験があった。全生産に占める良品達成の割合を「歩留まり」というのだそうだが、どこの工場でも「歩留まり100%」を目指していた。欠陥品をゼロにしようというのである。欧米の工場では「歩留まりは一定の範囲に収まっていれば良い」とされた。何百もの工程を経て作られる半導体チップの量産ラインから、1個の不良品も出さないことなど、人間業を超えて神の領域に属すると彼らは考えた。ところが、日本の技術陣はその神業を目標にしたのである。
 不思議に思った私はその理由をある技術者に聞いてみた。すると彼はいとも簡単に「二宮尊徳の篤農精神ですよ」と言うのである。米作りでは、田んぼに手を掛ければ掛けるほど収量が上がる。だから稲作を生活の中心にしてきた日本人は古くから篤農こそあるべき民の姿と考えてきた。この価値観は、半導体のような最先端技術の工場でも根強く引き継がれており、あくなき歩留まり競争はそのせいだと言うのである。確かに、日本製半導体メモリーが世界市場を席巻できた一因には、圧倒的に高い歩留まりにあった。
 しかし稲作は、他方で共同体のメンバーに集団行動を強いる産業でもある。例えば、100軒の集落で1軒だけ害虫駆除をしない農家が出ると、99軒の努力が無駄になる。駆除を怠った水田から発生した虫が、駆除の済んだ田に飛んでいく。だから、稲作社会では、集団の意向に反してまで個性を貫くことをしない。この習俗が新製品の開発では裏目に出る。敢えて他がやらないことに挑戦する気迫に欠けるのである。「俺のアイデアで、俺の情熱で、誰も考えないものを世に送り出し、そこから生まれる利益は全て俺のもの」といった考えが常識の欧米技術者の迫力に及ばない。21世紀の私達日本人が乗り越えなければならない課題は、どうやら伝統的な集団篤農主義を引き継ぎながら、同時に個々の発想を十分に生かしきる社会風土を作っていくことのようである。

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