廃材を生かして築城
大阪府・礒野健一さん
東大阪市下小阪町にある磯野理容店は、町名である「下小阪」を取って“小阪城”と呼ばれている。店舗の上に5層の天守閣が立っているからだ。
「天守閣の高さは3m。廃材を使っているから、お金はかかってないよ」
と語る理容師の磯野健一さんは、20年前から“築城”を開始した。きっかけは、物置の見栄えをよくするために櫓を造ったこと。もともと日本の伝統的な建築が好きだったこともあり、「いっそ、天守閣を造ってしまおう」と勢いづいた。図案を描いては廃材を集め、仕事の合間にコツコツと築き上げていった。
やがて城造りの情熱は、室内にも及ぶようになる。1階の部屋には襖絵を描き、天井裏に金色の紙を貼り巡らせた黄金の茶室を造った。1坪(3.3平方メートル)の庭に流れる小さな滝は、昨年できたばかり。
これまでにかかった総工費はたったの5万円。城の建設は今なお続き、磯野さんは次のアイデアに頭をひねっている。
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初釜(新年の最初に営む茶事)の時だけに使うという、黄金の茶室は6畳(約10平方メートル)の広さ
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40年の経験をもつ、ベテラン理容師の磯野健一さん。その器用な手先を生かし、「小阪城」を一人で造り上げた
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市民が再建した、本格木造天守閣のある城
静岡県・掛川城
1993年に復元された掛川城天守閣は、掛川市民の誇りである。なぜなら、約11億円という復元費用の大半を市民自らの寄付で賄ったからだ。
事のはじまりは、白木ハナエさんという婦人が「市民のために使ってほしい」と、5億円ものお金を市に寄付したことだった。
安土・桃山時代に築かれた天守閣は、1854年、大地震による被害を受けたが、その後、新政府によって1871年に藩が廃され、取り壊された。第2次世界大戦後から市民の間には、城を復元したいという想いがあった。そこで市は、白木さんの申し出を掛川城再建のよい機会ととらえ、市民にも寄付に協力するよう、呼びかけた。
その結果、市民から総計2億1500万円もの寄付が集まった。完成後も、天守閣の案内など城の運営は、市民ボランティアが行っている。
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掛川城の運営にあたる市民ボランティアは、60代の熟年世代が中心
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天守閣は本格的な木造建築。内部には樹齢300年を超す青森県産のヒバがふんだんに使われている
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