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「見返り美人図」菱川師宣
「市川門之助」鳥居清信
浮世絵の「浮き世」とは「現実」という意味で、16世紀後半に京都の庶民生活を描いた絵として始まりました。浮世絵が大衆文化として多くの人々に広まったのは、18世紀(江戸時代)になってからのことです。木版画の技術が向上したこと、役者や美しい女性といった身近な題材が描かれるようになったこと、またこの時代に大衆向けの読み物が人々の間で流行したことがきっかけとなりました。そのような読み物に挿し絵を描いていた画家たちが、浮世絵の絵師になっていったのです。
浮世絵は、最初は墨の線だけで描く技法が中心でしたが、その後、筆で色が付けられるようになりました。使われる色が増えるにしたがって、一つの絵を大量に制作するために、筆で色を付ける技法に代わって、絵柄を木に彫り、それに色を付けて重ね刷りする版画の技法が生み出されました。最初はほんの数色しか使われませんでしたが、版画技術の進歩により、次第に多くの色を使う浮世絵の技法が完成しました。
この技法は、(1)墨で絵を描く(2)その絵柄を版木という木に彫る(3)版木に色をつけて刷る−という3つの工程をそれぞれの専門家が行い、一枚の絵を作り上げるというものでした。最初は大変手間がかかりますが、版木が完成すれば簡単に同じ絵を何枚も作ることができす。大量に刷り上げられた浮世絵は人々の間に広まり、一般庶民の文化として発展しました。
「沢村宗十郎」歌川豊国
「風流六歌仙 僧正遍上」鈴木春信
浮世絵は庶民の絵画として発展し、人々の娯楽が題材として取り入れられました。役者絵は歌舞伎役者の似顔絵で、現在のブロマイドのようなものです。美人画は当時の江戸の女性を描いたもので、今でいえば男性にとってのあこがれの都会の女性像といえるでしょう。
風景が浮世絵に描かれるようになるのは、庶民の生活が豊かになり、旅を楽しむ余裕が生まれてからのことで、当時の「絵はがき」として使われていました。
西洋の絵画技法が頂点に達した19世紀末、ヨーロッパの画家たちが包装紙として使われていた日本の浮世絵を目にし、その表情豊かな線、簡潔な色使い、自由な発想の図柄などの表現方法に強い衝撃を受けたといわれています。
それまで宗教的題材や写実的技法を重視してきた西洋の人々には思いも寄らなかった技法でした。浮世絵はゴッホなどに代表される19世紀末の画家たちに大きな影響を与えました。
(写真提供:東京国立博物館)