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相撲


相撲の歴史

絵

にしき絵「勧進大相撲興行の図」(日本相撲協会)


 相撲に似た格とう技は世界各国で大昔から行われてきました。今もあるのは韓国のシルム、モンゴルのボフ、トルコのヤールギュレッシュなどです。日本では4世紀ごろの古墳(こふん)時代の出土品に相撲人形があり、古事記、日本書紀の神話、伝説にも登場します。稲作(いなさく)がはじまると、農民の間にその年の稲(いね)がたくさん取れるように祈ったり、豊作かどうかを占う行事として行われていました。奈良・平安時代には宮ていの儀式(相撲節会)になり、天皇の前で相撲を取る天覧相撲が行われました。


 武士の時代になると、力が強いことは戦いに必要な武術とみられるようになり、武家では力士をやとうようになりました。織田信長は毎年力士を集めて相撲大会を開くほど相撲が好きだったと書かれています。


画像

両国国技館(日本相撲協会)

 現在の大相撲の形は、江戸時代にほぼつくられました。神社やお寺を建てたり、橋をかけかえたりする寄付を集めるためにお金を取って相撲を見せる興行(こうぎょう)、「勧進(かんじん)相撲」をはじめ、プロの力士がうまれました。えらい人たちの楽しみだった相撲を一般の人々のごらくに広めたのです。江戸、大坂、京都で相撲興行がさかんに行われ、相撲風景や力士の「にしき絵」もつくられて、人々の相撲人気は高まりました。しかし、けんか・争いがたえず、幕府はたびたび禁止令を出すほどでした。


 このため相撲関係者は、勝負の決まり手を48手にしたり、土俵を今のような俵で丸く仕切るなど競技ルールを決め、力士を養成する部屋制度もつくりました。


 まげ姿に古くからの衣装、かずかずのしきたりが生きている大相撲は単なるスポーツをこえた日本の伝統文化という面もあり、現在では「はだかの大使」として海外でも公演を行っています。